『もののけ姫』乙事主
老いた身体もまた、彼が生きてきた時間なのだから
――もし、彼が永夜世界ノクティラの思想と出会ったなら
はじめに
乙事主を永夜世界ノクティラへ迎えるとき、最初に考えたくなることがある。
もし、この世界なら。
傷を癒せるのではないか。
失われたものを取り戻せるのではないか。
老いた身体を、若く強い頃へ戻せるのではないか。
見えなくなったものを、もう一度見えるようにできるのではないか。
ノクティラには、外界とは異なる生命や身体のあり方がある。
ならば、そうした可能性を考えること自体はおかしくない。
けれど。
ここで一つ、問い直したい。
「治せること」と「治すべきこと」は同じなのだろうか。
老い。
傷。
失った視力。
そのすべてを「欠陥」と呼んでしまえば、答えは簡単になる。
元へ戻せばいい。
若返らせればいい。
健康な身体を与えればいい。
でも。
乙事主が生きてきた長い時間まで含めて考えるなら。
話は、そんなに単純ではない。
その身体は。
彼が生きた時間の痕跡でもある。
なら。
ノクティラが乙事主へ与えるべきものは、若さではない。
自分の身体を、これからどう生きるか選べること。
なのだと思う。
1.「老いているから救う」という考え方から離れる
乙事主は、長い時間を生きた存在である。
その身体には、若い者にはない時間が刻まれている。
だから。
ノクティラへ来た瞬間に、
「では若返りましょう。」
とするのは違う。
若い身体のほうが強い。
動きやすい。
長く活動できる。
そういう利点はある。
しかし。
利点があることと。
本人がそれを望んでいることは別だ。
老いていることは、それだけで不幸ではない。
若さを取り戻すことも。
老いたまま生きることも。
どちらも選べる。
その順番を守る必要がある。
2.身体には、「生きてきた時間」が残っている
傷跡というものは。
痛みの記録であると同時に。
生き延びた記録でもある。
老いた身体も同じだ。
若い頃と比べて失ったものはある。
けれど。
そこには、それまで生きてきた時間がある。
だから。
何でも新品に戻せばいいわけではない。
ノクティラが大切にする、
「あなたが、生きてきたことを否定しない」
という考え方は。
記憶や過去だけでなく。
身体にも当てはまる。
乙事主が、
「この身体でいい。」
と言うなら。
その答えを尊重する。
治療できることを知っていても。
それを選ばない自由がある。
3.視力を取り戻すことも、「本人が望むなら」
乙事主を考えるとき。
特に大きいのが、視力だ。
もし。
ノクティラで。
それを回復できる可能性があるとしても。
勝手に治すべきではない。
まず聞く。
「見えるようになりたいか。」
そして。
本人が望むなら。
治療を考える。
望まなければ。
そのままでいい。
これは。
「見えないままでいたほうが美しい。」
という話でもない。
不便を美化する必要はない。
ただ。
できることを、本人の意思より先に実行しない。
それだけだ。
4.「一度だけ見たい」という願いでもいい
そして。
選択は。
「完全に治す」か。
「何もしない」か。
二択でなくてもいい。
たとえば。
乙事主が。
一度だけ。
何かを見たいと思うかもしれない。
誰かの顔。
森の景色。
長く会っていなかった者。
知らない世界。
その願いのために。
一時的に視覚を取り戻す方法があるなら。
それを選ぶこともできる。
そのあと。
元の状態へ戻ることを選んでもいい。
本人の望みは、医学的な「最善」と同じ形である必要はない。
治療の目的も。
本人が決めていい。
5.猪系ルードになることも、若返りとは別の選択
乙事主がノクティラで暮らすなら。
猪系ルードという形も考えられる。
ただし。
これも、
「老いた神を若い獣人へ作り直す」
という話ではない。
ルード化するなら。
乙事主自身が望んだときだけ。
そして。
その姿にも。
彼が生きてきた時間を残していい。
老いた風貌。
傷。
重み。
落ち着き。
長い時間を生きてきた者としての存在感。
それらまで消す必要はない。
新しい身体を得ることと、過去を消すことは違う。
若い姿だけが、新しい人生ではない。
6.強い身体を持ち続けてもいい
もちろん。
乙事主自身が、
「もう一度、思うまま走りたい。」
と望むなら。
身体を強くすることもできる。
関節が動く。
長い距離を歩ける。
好きなだけ走れる。
そうした改善を選ぶことは。
過去を否定することではない。
大切なのは。
周囲が、
「こちらのほうが幸福でしょう。」
と決めないことだ。
身体を変えない自由と、変える自由は同じ場所にある。
そこに優劣はない。
7.戦えることを、もう証明しなくていい
乙事主は。
戦う力を持った存在でもある。
群れを率い。
大きな責任を負ってきた。
そういう者にとって。
身体が衰えることは。
ただの不便以上の意味を持つことがある。
「もう以前のようには戦えない。」
その事実が。
自分の価値まで失ったように感じられることもある。
でも。
ノクティラでは。
戦えることを証明し続ける必要はない。
若い者に勝たなくていい。
前線へ立たなくていい。
戦場へ出なくても、乙事主が生きてきた強さは消えない。
強さは。
現在の戦闘能力だけで測るものではない。
8.群れを背負わない乙事主
モロと同じように。
乙事主にも。
「群れを背負う者」という役割がある。
でも。
ノクティラでは。
その役割から離れる時間を持てる。
若い者へ任せる。
相談されたら答える。
頼まれなければ何もしない。
それでいい。
知恵があるからといって。
すべての問題へ答える義務はない。
経験があるからといって。
ずっと指導者でいなければならないわけでもない。
長く生きた者には、長く生きた者自身の人生もある。
9.「老いた者」を、知恵だけの存在にもしない
ここも注意したい。
乙事主を。
「老いた賢者」
という役割へ閉じ込めないことだ。
年長者だから。
みんなへ助言する。
昔のことを語る。
後進を導く。
それもできる。
でも。
それだけではない。
遊んでもいい。
旅をしてもいい。
知らないものへ驚いてもいい。
新しいことを学んでもいい。
失敗してもいい。
年を重ねた者にも、「初めて」があっていい。
過去を語るだけでなく。
未来を経験していい。
10.戦わない老戦士にも、次の人生がある
戦士として長く生きた者は。
戦いが終わったあと。
「では、何をするのか。」
という問いへ直面する。
乙事主にも。
その問いを向けたい。
でも。
急いで答えを決める必要はない。
何もしない。
長く眠る。
森を歩く。
知らない土地へ行く。
誰かと話す。
何かを食べる。
それだけでもいい。
人生は、使命がなくなったところで終わらない。
むしろ。
使命の外に何があるのか。
そこから初めて探せる。
11.モロと、戦の話をしない時間
モロとの関係についても。
ここでは公式に恋愛関係だったと断定しない。
ただ。
古く深い縁を持つ二人が。
永夜世界ノクティラというIFの中で。
新しい個人的な関係を選ぶ可能性はある。
もし。
二人が再び向き合ったなら。
最初は。
森。
群れ。
争い。
昔の出来事。
そんな話ばかりになるかもしれない。
なぜなら。
長い間。
そういうことを背負ってきた二人だからだ。
でも。
話すことがなくなったあと。
そこからが面白い。
「どこへ行きたい。」
「何を食べたい。」
「今日は何をしていた。」
そういう。
世界の命運とは関係のない話をする。
二人とも、役割ではなく個人として相手を見る。
その関係を。
改めて作っていくことができる。
12.ザハラエルへ行く老いた二人
モロと乙事主が。
もし旅をするなら。
森とはまったく違う場所が似合う。
たとえば。
ザハラエル。
広い砂漠。
森とは違う匂い。
違う風。
違う生き物。
何もかも。
見慣れない。
そこで。
乙事主が。
老いた身体のまま歩いてもいい。
必要なら。
休む。
モロに急かされることもない。
逆に。
新しい身体を選んでいるなら。
昔のように長く歩いてもいい。
どちらでもいい。
大切なのは。
旅の目的が、森を救うことではない。
ただ。
行ってみたいから。
一緒に行く。
それだけ。
13.「役に立つ老人」でなくていい
社会は。
長く生きた者へ。
「経験を次へ伝えてほしい」
と期待しやすい。
それ自体は悪くない。
でも。
その期待まで義務になると。
老いた者は。
最後まで誰かのために生きることになる。
乙事主が。
自分の経験を語りたいなら語ればいい。
若い者を導きたいなら導けばいい。
でも。
もうそういうことはしたくない。
と思うなら。
やめてもいい。
誰かの役に立たなくても、その人の人生には価値がある。
これは。
老いた乙事主にこそ。
渡したい考え方だ。
14.「昔は強かった」で終わらせない
乙事主の未来を。
「かつて強かった者の余生」
として描く必要もない。
人生は。
過去形にならなくていい。
以前の強さとは違う強さ。
以前とは違う楽しみ。
今だからできる関係。
今だから見えるもの。
そういうものがある。
だから。
「昔は強かった。」
ではなく。
「今は、何をしたい。」
へ。
問いを変える。
過去を称えるだけではなく。
現在の本人へ。
選択肢を返す。
15.《群れを背負う神》から《一人の乙事主》へ
乙事主の幸福への変換は。
モロと響き合う。
**《群れを背負う神》
→《一人の乙事主》**
でも。
乙事主には。
さらに身体の軸が加わる。
**《老いを克服すべき状態として見る》
→《老いを含めた身体を、自分でどう生きるか選ぶ》**
若返ってもいい。
若返らなくてもいい。
視力を取り戻してもいい。
取り戻さなくてもいい。
新しい身体を選んでもいい。
今の身体を残してもいい。
そのどれも。
救いになり得る。
本人が選んだなら。
おわりに
若返らなくても、未来は始められる
もし。
乙事主が。
永夜世界ノクティラへ来たなら。
誰かが。
彼の身体を見て。
言うかもしれない。
「治せるかもしれません。」
視力。
傷。
老い。
衰え。
もう一度。
若い頃のような身体へ。
近づける方法が。
あるかもしれない。
でも。
そのあとに。
続ける。
「どうしたいですか。」
そこが。
大切なのだと思う。
乙事主は。
すぐには。
答えないかもしれない。
長い間。
自分の身体は。
戦うためにあるものだった。
群れを率いるために。
生き残るために。
森を守るために。
強くなければならなかった。
だから。
「どうしたい。」
と聞かれても。
最初は。
よく分からない。
それでいい。
急がなくていい。
今の身体で。
過ごしてみる。
森を歩く。
疲れたら休む。
誰にも。
遅いと言われない。
誰にも。
前へ出ろと言われない。
群れのことは。
若い者が決めている。
自分が。
何もしなくても。
世界は。
続いている。
ある日。
モロが来る。
「見えぬのは不便ではないのか。」
乙事主は。
少し考える。
不便ではある。
でも。
それだけで。
今の自分を。
壊れたものだとは。
思わない。
それでも。
ふと。
見たいものが。
一つ。
浮かぶかもしれない。
なら。
そのために。
見えるようになることを。
選べばいい。
すべてを。
若返らせる必要はない。
一つだけ。
取り戻したいものを。
取り戻す。
それでもいい。
あるいは。
「必要ない。」
と。
笑うかもしれない。
それもいい。
誰にも。
惜しまれなくていい。
誰にも。
「せっかく治せるのに。」
と言われなくていい。
治せるから治すのではない。
生きたい形があるから、必要なら治す。
順番は。
そのままでいい。
そして。
いつか。
モロと。
旅に出る。
森ではない場所へ。
砂漠。
海。
街。
知らない世界。
途中で。
乙事主が。
疲れる。
立ち止まる。
モロも。
立ち止まる。
誰も。
急いでいない。
戦いではないから。
目的地へ。
早く着く必要もない。
その旅で。
乙事主が。
何かを。
見つける。
新しい景色かもしれない。
好きな食べ物かもしれない。
面白い奴かもしれない。
何でもいい。
老いた者にも、まだ「初めて」は残っている。
そのことを。
知る。
群れを。
率いていない。
戦っていない。
若くもない。
昔ほど。
強くないかもしれない。
それでも。
未来がある。
**《群れを背負う神》
→《一人の乙事主》**
**《老いを克服すべきものとして見る》
→《老いを含めた身体を、自分でどう生きるか選ぶ》**
乙事主にとっての救いとは。
若返ることではない。
傷をすべて消すことでもない。
失ったものを。
何もかも。
取り戻すことでもない。
今の自分を欠けた存在として扱われず、そのうえで「これからどう生きたいか」を選べること。
なのかもしれない。
過去の傷を。
残してもいい。
老いた身体で。
歩いてもいい。
必要なら。
新しい身体を。
選んでもいい。
見たいものがあるなら。
もう一度。
見てもいい。
そして。
何も変えなくても。
いい。
未来を始めるために。
若返る必要はない。
未来とは。
若さではなく。
「次に何を選べるか」が残っていることなのだから。
あなたが、生きてきたことを否定しない世界。
永夜世界ノクティラ。
本記事について
本記事は『もののけ姫』に登場する乙事主の人物像・価値観、および老い、傷、群れを率いる責任、戦い、長く生きた者の身体といった作中のモチーフを題材として、Lewd Beast Tribe/永夜世界ノクティラの文化・倫理・思想を考察する非公式の比較研究・思考実験です。
本記事で記述している「乙事主が永夜世界ノクティラにおいて猪系ルードとしての身体を選択できる」「老いた身体や傷を残すこともできる」「本人が望んだ場合に視力や身体機能の回復を選択できる」「モロと森を離れて旅をする」といった内容は、すべてLewd Beast Tribe側から行った独自の仮定であり、『もののけ姫』の公式設定・続編・公式解釈を示すものではありません。
また、本記事は老い・視覚障害・身体の傷等を本人の同意なく「治すべき欠陥」として扱うものではありません。一方で、それらを固定したまま生きることのみを望ましいものとして美化する意図もありません。身体を変えること、治療すること、現在の状態を維持することのいずれについても、本人の意思によって選択される可能性として扱っています。
本記事におけるモロと乙事主の個人的・恋愛的な関係性についても、二人が公式に過去の恋愛関係であったと断定するものではありません。古く深い縁を持つ存在として、永夜世界ノクティラという仮定上の環境で新たな個人的関係を選び直す可能性を、Lewd Beast Tribe側の独自解釈として考察しています。
『もののけ姫』および同作に登場するキャラクター・設定等の権利は、それぞれの原作者・制作会社その他の権利者に帰属します。
Lewd Beast Tribeおよび本サイトは、『もののけ姫』ならびに各権利者とは関係ありません。
LEWD BEAST TRIBE