#05 『BLEACH』ノイトラ・ジルガ
強さを求めることは、間違いなのか
――もし、彼が永夜世界ノクティラの思想と出会ったなら
はじめに
強くなりたい。
誰よりも強くなりたい。
負けたくない。
弱いと思われたくない。
自分より強い存在がいることそのものが許せない。
『BLEACH』に登場するノイトラ・ジルガについて考えるとき、
避けることができないものがある。
「強さ」への異常なほどの執着。
それは単なる向上心ではない。
彼にとって強さは、
自分自身の価値とほとんど同じ場所に置かれているように見える。
弱いなら、
価値がない。
負けるなら、
生きている意味がない。
だから、
さらに強さを求める。
では、
そんなノイトラが、
永夜世界ノクティラの思想と出会ったらどうなるのだろう。
ここで、
「戦うことをやめなさい」
と言ってしまうのは簡単だ。
「強さなんて必要ない」
と教えることもできる。
しかし、
それではノイトラという人物そのものを否定してしまう。
ならば、
別の問いを立てたい。
強くなりたいという願いそのものは、本当に間違っているのだろうか。
問題は、
強さを求めたことではなく、
強さを証明する方法が
「誰かを倒すこと」
しかなかったことなのではないか。
ノクティラで考えるノイトラの幸福は、
強さを諦めることではない。
むしろ逆だ。
誰よりも思う存分、強さを求め続けられる人生を作ること。
そこから始まる。
1.ノイトラから「強さ」を奪ってはいけない
ノイトラを考えるとき、
最もやってはいけないことの一つは、
彼を穏やかな人物へ作り替えてしまうことだと思う。
戦いを嫌う。
競争を嫌う。
誰かと比べることをやめる。
勝敗にこだわらなくなる。
そうなれば確かに、
争いは減るかもしれない。
だが、
それはもうノイトラではない。
ノクティラは、
負の性質を消して正しい人格へ矯正する世界ではない。
だから、
彼が強さを求めるなら、
その願いは残していい。
勝ちたいなら、
勝ちたいままでいい。
負けて悔しいなら、
悔しがればいい。
相手が自分より強ければ、
腹を立ててもいい。
重要なのは、
その強さへの欲求を、誰かを壊すこと以外でも満たせるようにすること
である。
2.戦いではなく、「勝負」がある
ノクティラには、
ノイトラへ非常に相性のいい文化を作ることができる。
武道。
競技。
格闘技。
身体能力を競う大会。
模擬戦。
訓練。
記録への挑戦。
そして、
強者同士の真剣勝負。
そこでは、
本気で戦っていい。
遠慮しなくていい。
勝つことを望んでいい。
ただし、
目的は相手を殺すことではない。
勝敗を決めること。
相手を倒したら、
それで終わる。
また次がある。
負けても、
死なない。
だから、
再戦できる。
これだけで、
ノイトラの人生は大きく変わる。
3.「負けたら終わり」ではない
ノイトラにとって、
敗北はただの敗北ではなかったのかもしれない。
自分より強い者がいる。
それは、
自分の価値そのものを否定されたように感じる。
だから負けることが耐えられない。
だが、
競技や修練の世界では、
敗北には別の意味がある。
次に勝つための情報になる。
何が足りなかったのか。
どこで負けたのか。
相手は何をしてきたのか。
自分の身体はどう動いたのか。
次は何を変えるのか。
敗北した瞬間から、
次の勝負が始まる。
これは、
ノイトラにとって非常に大きな価値観の変化になる。
負けても、
終わらない。
むしろ、
負けたからこそ次の目標が生まれる。
4.勝つことだけが、強さではない
もちろん、
ノイトラは勝ちたいだろう。
そこを無理に否定する必要はない。
勝ったら喜べばいい。
負けたら悔しがればいい。
しかし、
長く修練を続けていると、
彼は少しずつ奇妙なことへ気づく。
以前は勝てなかった相手へ、
一本取れるようになった。
昨日できなかった技が、
今日はできた。
昔より身体が動く。
判断が速くなった。
耐えられるようになった。
つまり、
勝敗とは別に、
自分が強くなっているという事実
が存在する。
すると、
強さという言葉が少し広がる。
勝つこと。
それも強さ。
でも、
負けた翌日にまた訓練へ来ること。
それも強さ。
何度負けても、
挑戦すること。
それも強さ。
5.「強くなる過程」が楽しくなる
ここまで行くと、
ノイトラの人生はかなり面白くなる。
今までは、
強くなることそのものが目的だった。
しかし、
いつの間にか、
強くなっていく過程自体を楽しみ始める。
新しい技を試す。
失敗する。
また試す。
筋力を鍛える。
速度を上げる。
強い相手を探す。
負ける。
腹を立てる。
分析する。
また挑む。
勝つ。
そして、
さらに強い相手を探す。
終わらない。
これは、
彼にとって最高の環境かもしれない。
なぜなら、
「最強」になってしまえば、
本来はそこで強さを求める旅が終わってしまう。
だが、
挑戦することそのものが幸福になれば、
終点は必要なくなる。
6.最強になる必要すらなくなる
これは、
ノイトラにとってかなり大きな変化だと思う。
以前なら、
自分より強い存在がいることは、
許せなかったかもしれない。
だが、
強さを求める過程そのものを楽しめるようになると、
逆に、
強い相手がいることが嬉しくなる。
なぜなら、
次の目標になるからだ。
自分より強い。
腹が立つ。
なら、
倒せるまで挑めばいい。
さらに強くなった。
また負けた。
なら、
もう一度。
ここで、
強者は自分の価値を否定する存在ではなくなる。
自分をさらに強くしてくれる存在
になる。
7.仲間と競い合う
一人で強くなることもできる。
しかし、
競争相手がいると、
さらに面白くなる。
誰かが新しい記録を出した。
なら、
自分が抜く。
相手が昨日より強くなった。
なら、
自分も強くなる。
負けた。
次は勝つ。
勝った。
相手がまた追いかけてくる。
そこでは、
競争と関係性が矛盾しない。
仲間だから手加減する必要はない。
むしろ、
本気でぶつかれるから仲間になる。
ノイトラにとって、
これは非常に自然な人間関係になると思う。
8.弱い者への見方も変わる
ノイトラにとって、
「弱さ」は強く嫌うものだった。
しかし、
長く挑戦を続ければ、
弱い者への見方も変わる可能性がある。
目の前に、
まだ全然強くない者がいる。
でも、
毎日訓練へ来る。
何度負けても、
また挑む。
昨日より少しだけ強くなっている。
そういう者を見たとき、
以前なら、
ただ弱者として切り捨てたかもしれない。
だが今のノイトラは、
自分自身も何度も負けながら強くなってきたことを知っている。
だから、
現在の強さだけで判断しなくなる。
挑戦しているかどうかを見る。
弱い。
だが、
強くなろうとしている。
なら、
それは馬鹿にする対象ではない。
9.「挑む者」を評価する
ここで、
ノイトラの価値観は非常に面白い方向へ変わる。
強い者を評価する。
それは変わらない。
しかし、
それだけではなくなる。
今は弱くても、
挑み続ける者を評価する。
怖くても前へ出る者を評価する。
負けても戻ってくる者を評価する。
「まだ勝てない。」
と言いながら、
それでも訓練している者を評価する。
なぜなら、
それがどれほど苦しいか、
自分自身が知っているからだ。
すると、
ノイトラにとっての「強者」は、
現在の能力だけではなくなる。
強くなろうとしている心そのものも、強さに含まれる。
10.逆に、「最初から諦める者」には苛立つ
ただし、
ノイトラが急に優しくなるわけではない。
「どうせ無理だ。」
「俺なんて弱いから。」
「やっても意味がない。」
そう言って、
最初から何もしようとしない者を見れば、
かなり苛立つと思う。
おそらく、
優しく励ますタイプではない。
面倒な慰めもしない。
むしろ、
怒る。
だが、
そこには以前とは違うものがある。
「弱いから嫌い」
なのではない。
挑戦する前から、自分自身を終わらせようとしていることが嫌なのだ。
11.不器用な励ましをするノイトラ
それでも、
本当に心が折れている者を前にしたら。
ノイトラ自身も、
何も言えなくなる瞬間があるかもしれない。
なぜなら、
彼もまた、
絶望を知っているからだ。
強さを求め続けた。
負けることを恐れた。
自分の価値を、
強さだけで測っていた。
だから、
「頑張ればいい」
という言葉だけでは届かないことも分かる。
そんなとき、
彼は非常にノイトラらしい形で、
相手を日常へ引き戻すかもしれない。
説教ではない。
正論でもない。
とりあえず飯を食わせる。
寝かせる。
次の日に、
また訓練へ連れていく。
言葉は乱暴でも、
やっていることは、
「まだ終わってないだろ」
という意思表示になる。
12.絶望を忘れないことに意味がある
ノイトラが幸福になるなら、
過去の絶望は消えるのだろうか。
私は、
消えなくていいと思う。
むしろ、
忘れないほうがいい。
自分が苦しかったこと。
自分の価値が分からなかったこと。
弱いと思われることに耐えられなかったこと。
負けることが、
存在そのものの否定に感じられたこと。
それを覚えているからこそ、
同じ場所にいる者を見つけられる。
幸福になるということは、
苦しかった自分を消すことではない。
苦しかった自分も含めて、その先を生きること。
これは、
ノクティラの思想と非常によく重なる。
13.ネリエルとの関係を、もう一度考える
ノイトラを考えるなら、
ネリエルとの関係も避けられない。
なぜ、
あれほど反発したのか。
なぜ、
あれほど強さへ執着したのか。
なぜ、
自分より強い存在が許せなかったのか。
ノクティラで長く生き、
自分自身の強さへの欲求を理解した後なら、
その感情を以前とは違う形で見ることができるかもしれない。
そして、
改めて勝負する。
今度は、
相手を消すためではない。
自分の価値を証明するためでもない。
勝敗を決めるため。
ただ、
勝ちたいから戦う。
ネリエルも本気。
ノイトラも本気。
負ければ、
悔しがる。
そして、
また挑む。
それでいい。
14.勝負が終わったあとも、人生は続く
これは、
ノイトラの幸福を考える上でかなり重要だと思う。
以前なら、
戦いの結果が、
すべてだったかもしれない。
だが、
ノクティラでは、
試合が終わった後にも生活がある。
負けた。
腹が立つ。
でも、
腹は減る。
飯を食う。
誰かにからかわれる。
言い返す。
眠る。
翌日、
また訓練する。
勝った。
機嫌がいい。
飯を食う。
自慢する。
次の相手を探す。
そうやって、
勝敗の外側にも人生がある。
これは、
「強さだけが自分の価値」
という考えを壊すというより、
強さ以外にも自分の時間が存在すると知ることになる。
15.誰かの挑戦を応援する
そして、
最も面白い変化の一つが、
ここだと思う。
誰かが挑戦している。
自分とは関係ない勝負。
それでも、
気になる。
あいつは昨日負けた。
今日はどうする。
また挑んだ。
今度は一本取った。
それを見て、
少し嬉しい。
なぜ嬉しいのか。
自分は勝っていない。
自分が強くなったわけでもない。
それでも、
誰かが挑戦を続けたことを、
良いと思う。
ここで、
ノイトラの「強さ」は、
自分一人のものではなくなる。
挑戦する者そのものを愛する価値観
へ広がっていく。
16.「強さ」は一つではない
最終的に、
ノイトラはさまざまな強さを知る。
勝つ強さ。
負けても立ち上がる強さ。
努力を続ける強さ。
自分の弱さを見る強さ。
誰かへ挑む強さ。
挑戦する者を認める強さ。
怖くても一歩踏み出す強さ。
そして、
自分自身が「まだ挑戦したい」と願い続ける強さ。
こうなれば、
もう強さに終点はない。
最強になる必要すらない。
挑戦し続ける限り、
自分は前へ進んでいる。
17.達成とは、「勝つこと」だけではない
ノイトラにとって、
本当の意味で大きな変化は、
ここにあるのかもしれない。
以前なら、
勝たなければ意味がない。
頂点に立たなければ意味がない。
そう考えたかもしれない。
しかし、
挑戦そのものに意味を見つけた後なら、
別の見方が生まれる。
自分で、
「これをやり続ける」
と決めた。
そして、
今日もそこへ向かっている。
なら、
その時点ですでに、
人生は動いている。
結果は、
その後に付いてくる。
挑戦し続けると自分で決められたこと自体が、一つの達成になる。
18.《絶望》から《挑戦》へ
ノイトラについて、
元資料で整理した幸福の形は、
《絶望》→《挑戦》
だった。
ここで、
絶望は消えていない。
忘れてもいない。
むしろ、
絶望を知っているからこそ、
挑戦する意味を誰より強く感じられる。
できない。
なら、
やってみる。
負けた。
なら、
もう一度。
怖い。
それでも、
行く。
届かない。
なら、
もっと強くなる。
「どうせ無理だ」
という言葉を知っているからこそ、
その反対側にある、
「それでもやる」
という選択の価値が分かる。
おわりに
強さを求め続けてもいい
ノイトラ・ジルガを幸福にするために、
彼から強さへの執着を奪う必要はない。
戦うことを嫌いにさせる必要もない。
勝ちたいという欲望を、
恥じさせる必要もない。
彼は、
強くなりたいままでいい。
誰よりも勝ちたがっていていい。
負ければ本気で悔しがっていい。
そのうえで、
一つだけ世界を広げる。
勝つことだけが強さではない。
負けても戻る。
強くなる。
競い合う。
誰かの挑戦を見る。
応援する。
そして、
自分自身が挑戦し続ける。
それらすべてが、
強さになり得る。
すると、
自分より強い者が存在しても、
自分の価値は消えない。
むしろ、
次に追いかけるものが生まれる。
弱い者がいても、
今の弱さだけで切り捨てる必要はない。
その者が、
明日も挑むなら。
そこには、
確かな強さがある。
《絶望》から《挑戦》へ。
強さを求めることは、
間違いではない。
強さの出口が、
破壊しかなかったことが問題だった。
ならば、
戦える場所を作ればいい。
負けても帰ってこられる場所を作ればいい。
そして、
何度でも次へ挑める世界を作ればいい。
それが、
永夜世界ノクティラから考えた、
ノイトラ・ジルガの
一つの幸福の形である。
あなたが、生きてきたことを否定しない世界。
永夜世界ノクティラ。
本記事について
本記事は『BLEACH』に登場するノイトラ・ジルガの人物像・価値観・作中で描かれたモチーフを題材として、Lewd Beast Tribe/永夜世界ノクティラの文化・倫理・思想を考察する非公式の比較研究・思考実験です。
本記事で記述している「ノクティラであればどうなるか」という内容は、すべてLewd Beast Tribe側から行った独自の仮定であり、『BLEACH』の公式設定・続編・公式解釈を示すものではありません。
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