おわりに
救いとは、続きを作れることなのかもしれない
――『もし、この人がの思想と出会ったなら。』を終えて
はじめに
この連載では、さまざまな作品に登場する人物たちについて考えてきた。
強さを求め続ける者。
孤独を抱える者。
世界を憎んだ者。
戦争の中で才能を磨いた者。
争いそのものを愛する者。
創られた役割に縛られた者。
人類へ「正解」を与えようとした者。
自由を求めて世界を駆ける者。
自分自身を後回しにし続けた者。
そして。
森と人。
異なる世界の境界に立つ者たち。
作品も違う。
時代も違う。
抱えているものも違う。
それでも。
の思想を通して彼らを見たとき。
何度も同じ問いへ戻ってきた。
その人は、本当に別人にならなければ幸福になれないのだろうか。
怒りをなくさなければならないのか。
野心を捨てなければならないのか。
強さを手放さなければならないのか。
孤独を嫌いにならなければならないのか。
過去を忘れなければならないのか。
誰かを許さなければならないのか。
答えは。
たぶん。
違う。
この連載で考えてきた救いは。
「悪い部分を取り除いて、正しい人間へ作り替えること」ではなかった。
むしろ。
その人が、その人であることを幸福に使えるようになること。
だった。
1.は、「善人を作る世界」ではない
について考えるとき。
一つ。
最初から最後まで変えたくなかったことがある。
ここは。
悪人を善人へ作り替える場所ではない。
人格矯正のための世界でもない。
怒りっぽい者を穏やかにする。
野心家を慎ましくする。
強者を弱くする。
孤独を好む者を社交的にする。
戦いが好きな者から闘争心を奪う。
そうすれば。
確かに。
問題は減るかもしれない。
でも。
その結果。
本人まで消えてしまうなら。
それを救いとは呼びたくなかった。
だから。
この連載では。
何度も。
別の問い方をしてきた。
「その性質を消さずに、別の出口を作れないか。」
強さがあるなら。
強いままで。
野心があるなら。
大きなものを望むままで。
好奇心が強いなら。
知りたいままで。
一人が好きなら。
一人を楽しめるままで。
その力が。
誰かの犠牲を必要としなくなる道を探す。
が目指したのは。
そんな世界だった。
2.「否定しない」は、「何をしても許す」ではない
には。
一つの言葉がある。
「あなたが、生きてきたことを否定しない世界。」
この言葉は。
とても優しく聞こえる。
でも。
だからこそ。
誤解されやすい言葉でもある。
否定しない。
だから。
何をしてもいい。
ではない。
傷つけてもいい。
奪ってもいい。
殺してもいい。
支配してもいい。
そういう意味ではない。
この連載では。
何度も。
ここに境界を置いた。
あなたの心は否定しない。
でも、他者の自由や意思や生存まで奪っていいことにはならない。
怒っていていい。
嫌っていていい。
復讐したいと思ってもいい。
戦いたいと思ってもいい。
知りたいと思ってもいい。
支配したいほど何かを動かしたいと思ってもいい。
感情そのものまで。
犯罪にはしない。
でも。
その感情を満たす方法は。
選び直せる。
が守ろうとするのは。
一人の自由だけではない。
あなたの自由と、隣にいる誰かの自由が、同時に存在できること。
そのための境界だ。
3.やったことは、やったこと
過去についても。
同じだった。
は。
過去を消す世界ではない。
記憶を書き換えて。
「あれはなかったことにしよう。」
とはしない。
傷つけたなら。
傷つけた。
壊したなら。
壊した。
奪ったなら。
奪った。
やったことは、やったこと。
この言葉は。
少し冷たく聞こえるかもしれない。
でも。
過去をなかったことにしないという意味で。
大切な言葉だと思っている。
そして。
同時に。
もう一つ。
続ける。
「では、その力を次は何に使う?」
過去が消えないことと。
未来まで過去と同じでなければならないことは違う。
一度。
世界を壊そうとした者が。
一生。
「世界を壊そうとした者」
だけで終わる必要はない。
責任は残る。
記憶も残る。
でも。
その人の人生には。
まだ次の動詞が置ける。
4.強さは、破壊だけのものではなかった
この連載には。
強い者がたくさん登場した。
圧倒的な力。
戦闘能力。
才能。
知性。
権力。
意志。
でも。
で考えてみると。
強さそのものが。
問題だったわけではないことが多かった。
問題だったのは。
その強さを使える場所が、破壊しかなかったこと。
だった。
なら。
出口を増やせばいい。
戦いを。
競技へ。
武道へ。
挑戦へ。
技術へ。
創造へ。
探究へ。
守る力へ。
自分自身を楽しませる力へ。
強さは、挑戦へ変えられる。
拳を使わない日にも。
強い者は強い。
敵がいない日にも。
力は価値を失わない。
そして。
強いからこそ。
休んでもいい。
それも。
この連載で。
何度も戻ってきた答えだった。
5.野心は、小さくしなくてもいい
野心も同じだった。
大きなものを望む人に。
「幸福になるなら、身の丈に合った静かな暮らしを。」
とは言いたくなかった。
世界を動かしたい。
大きなことをしたい。
誰も見たことのないものを作りたい。
一番になりたい。
もっと知りたい。
もっと遠くへ行きたい。
その欲望は。
そのままでいい。
ただ。
大きなものを得るために、小さな誰かを踏み潰す必要がなくなる。
そこだけ。
変える。
支配欲なら。
采配へ。
野心なら。
創造へ。
世界を動かす快感なら。
誰かの人生を所有しなくても。
巨大なプロジェクトを動かすことで得られる。
野心は、縮めるのではなく、使い方を広げられる。
それもまた。
で考えた幸福だった。
6.孤独は、治さなくてもいい
孤独についても。
「一人でいることは悪いことだ。」
とはしなかった。
一人が好きな者は。
一人でいていい。
誰かと常に話す必要はない。
集団へ入る必要もない。
でも。
一人でいることと。
帰る場所がないことは違う。
だから。
は。
孤独を奪うのではなく。
「一人でいる自由」と「帰れる場所」を両方置く。
好きなだけ。
遠くへ行く。
好きなだけ。
一人でいる。
でも。
疲れたら。
帰れる。
誰かが。
「おかえり。」
と言う。
帰らなくても。
怒られない。
だから。
帰れる。
この関係は。
自由を縛らない。
むしろ。
自由を長く続けるための場所になる。
7.愛することと、所有することは違う
この連載では。
愛についても。
何度も境界を置いた。
大切だから。
守りたい。
失いたくない。
一緒にいたい。
その気持ちは。
否定しない。
でも。
愛しているから。
相手の人生を決めていい。
とはしない。
親だから。
子の人生を所有できるわけではない。
恋人だから。
同じ場所で。
同じ生き方をしなければならないわけでもない。
守ることと。
決めることは違う。
助けることと。
相手の選択を奪うことも違う。
愛することと、所有することは違う。
一緒にいる自由。
離れる自由。
会いに行く自由。
断る自由。
その全部が残って。
初めて。
関係は。
本人たちのものになる。
8.救うことと、人生を代わりに決めることは違う
誰かを助ける人物について考えたときも。
同じ問いがあった。
苦しんでいる。
だから。
助けたい。
それは。
優しさだ。
でも。
助けることが。
いつの間にか。
「その人にとって何が正しいかを自分が決めること」
へ変わることがある。
では。
そこへ線を引く。
手を伸ばす。
一緒に考える。
必要なら支える。
でも。
最後の選択は。
本人へ返す。
救うこととは、相手の人生を奪うことではない。
そして。
助ける側も。
全部を背負わなくていい。
理解できることと。
責任を負うことは違う。
優しい者ほど。
境界を持っていい。
それも。
この連載で。
繰り返し考えたことだった。
9.自己犠牲には、「自分」を追加できる
誰かを守ること。
誰かのために生きること。
それを。
否定したくはなかった。
むしろ。
大切なもののために動けることは。
その人物の美しさでもある。
ただ。
そこに。
一つ。
問いを置いた。
守りたい人たちの中に、自分自身は入っているか。
十人を守りたいなら。
十一人にする。
最後の一人は。
自分。
それだけ。
誰かのために生きることを。
やめなくていい。
ただ。
自分だけを。
例外にしない。
自己犠牲は、自分自身を含む愛へ変えられる。
「俺はいい。」
から。
「俺も生きたい。」
へ。
それは。
わがままではない。
守る対象が。
一人増えただけだ。
10.役割の外にも、その人はいる
第10篇『もののけ姫』では。
この問いが。
特に大きくなった。
境界を歩く者。
山犬の娘。
開拓者。
森を守る神。
群れの長。
それぞれに。
大きな役割がある。
でも。
その役割が。
人生のすべてではない。
誰かを救っていない日のアシタカ。
森を守っていない日のサン。
何も造っていない日のエボシ御前。
誰も守らない日のモロ。
群れを率いていない日の乙事主。
そこにも。
本人がいる。
役割がなくても、存在していい。
得意なことを。
義務にしなくてもいい。
必要とされていない時間にも。
自分自身の人生がある。
これは。
第10篇だけではない。
シリーズ全体で。
ずっと。
触れてきたことだったのだと思う。
11.変わらない自由も、変わる自由もある
では。
身体や生き方が。
変わることもある。
でも。
変化そのものを。
救いにしたくはなかった。
になる。
ならない。
若返る。
若返らない。
治療する。
しない。
街へ行く。
森に残る。
誰かと暮らす。
一人で暮らす。
そのどれも。
本人が選ぶなら。
成立する。
変わることが成長なのではない。
自分で選べることが大切なのだ。
今の自分を好きだから。
変えない。
今の自分を否定していなくても。
新しい姿に興味があるから。
変える。
どちらも。
自己決定だ。
「今の私も、私だから。」
その言葉と。
「次は、こう生きてみたい。」
という言葉は。
両立する。
12.共存とは、「全員仲良く」ではない
最後の作品篇で。
森と人について考えたとき。
シリーズ全体の共存観も。
はっきりした気がする。
共存とは。
全員が。
理解し合うことではない。
全員が。
好きになることでもない。
同じ価値観へ。
統一されることでもない。
嫌いなままでもいい。
分からないままでもいい。
距離があってもいい。
ただ。
「お前が存在するなら、私は生きられない。」
その関係から。
降りる。
それだけでも。
共存は始まる。
違うまま。
互いに。
生きていられる。
それは。
派手な和解ではない。
でも。
とても強い平和だと思う。
13.幸福とは、「正しい答え」を与えられることではない
この連載で考えた幸福には。
完成形がない。
この人物なら。
こうすれば幸福。
という。
唯一の答えを。
が決めるわけでもない。
むしろ。
正解を渡さない。
選択肢を増やす。
やり直せる。
途中で変えられる。
戻れる。
休める。
断れる。
もう一度始められる。
幸福とは、正解の人生を与えられることではなく、自分で選び直せる状態が残っていること。
なのかもしれない。
だから。
失敗しても。
終わらない。
間違えても。
次がある。
選んだ道が。
思っていたものと違えば。
戻っていい。
未来は。
一度きりの試験ではない。
14.が本当に守りたかったもの
ここまで。
いろいろな人物を通して。
の思想を考えてきた。
でも。
最後に残るものは。
意外と。
単純なのかもしれない。
強さを守りたい。
野心を守りたい。
孤独を守りたい。
愛を守りたい。
怒りを守りたい。
好奇心を守りたい。
誇りを守りたい。
それもある。
でも。
その奥にあるのは。
もっと一つのもの。
「その人の続きを、本人のものとして残したい。」
これなのだと思う。
過去を。
他人に書かれた人もいる。
役割を。
世界に決められた人もいる。
戦争に。
人生を使われた人もいる。
復讐に。
未来を飲み込まれた人もいる。
強さしか。
価値がないと思わされた人もいる。
そんな人たちに。
が渡したいのは。
「正しい人生」ではない。
白紙の。
次のページ。
そこへ。
何を書くかは。
本人が決める。
15.救いとは、続きを作れることなのかもしれない
救い。
という言葉は。
大きい。
だから。
救われるとは。
何なのか。
この連載を始めたとき。
明確な答えがあったわけではない。
過去を消すこと。
苦しみをなくすこと。
悪い部分を治すこと。
正しい場所へ連れていくこと。
幸福にしてあげること。
どれも。
少し違う。
十篇を通して。
いろいろな人物を。
へ置いてみて。
最後に。
一番近く感じる答えは。
これだった。
救いとは、続きを作れることなのかもしれない。
過去が。
最悪でも。
続きがある。
大切なものを。
失っていても。
続きがある。
取り返しのつかないことを。
していても。
責任を抱えたまま。
続きがある。
老いていても。
続きがある。
役割が。
終わっても。
続きがある。
誰にも。
理解されなくても。
続きがある。
そして。
その続きは。
誰かから。
与えられる物語ではない。
本人が。
選んでいい。
おわりに
過去を消さなくても、未来は作れる
この連載では。
たくさんの人物へ。
仮定の問いを投げてきた。
もし。
この人が。
へ来たなら。
どうなるのだろう。
でも。
最後まで考えてみると。
本当に聞きたかったことは。
少し違ったのかもしれない。
「この人をどう幸福にしてあげよう。」
ではなく。
「この人が自分自身で幸福を選べる場所を作るなら、何が必要だろう。」
という問いだった。
だから。
は。
完成された楽園でなくてもいい。
悩みはある。
喧嘩もある。
嫌いな相手もいる。
失敗もする。
傷つくことだってある。
でも。
一つだけ。
失わせない。
続ける自由。
間違えたら。
やり直す。
疲れたら。
休む。
遠くへ行きたければ。
行く。
帰りたくなったら。
帰る。
愛したいなら。
愛する。
離れたいなら。
離れる。
戦いたければ。
誰かを殺さなくても。
本気で戦える場所を探す。
造りたければ。
誰かの居場所を壊さずに。
もっと難しいものを造る。
知りたければ。
相手の意思を奪わずに。
どこまでも探究する。
一人でいたければ。
一人でいる。
でも。
帰る場所は。
消さない。
誰かのために。
生きたいなら。
生きる。
ただ。
その「誰か」の中へ。
自分も入れる。
そんな。
選択肢を。
一つずつ。
増やしていく。
とは。
もしかすると。
そういう世界なのだと思う。
悪い人を。
良い人にする場所ではない。
壊れた人を。
正常へ戻す場所でもない。
過去を。
消す場所でもない。
その人が、それまで生きてきたすべてを持ったまま、「次はどうする」と考えられる場所。
強さは。
挑戦へ。
野心は。
創造へ。
復讐は。
未来へ。
孤独は。
一人でいる自由と。
帰れる場所へ。
自己犠牲は。
自分自身を含む愛へ。
支配は。
采配へ。
享楽は。
歓待へ。
知識欲は。
他者の意思を尊重する探究へ。
そして。
役割に縛られてきた者は。
役割の外にいる。
自分自身へ。
それぞれ。
別の出口を作る。
でも。
本人は。
本人のまま。
それでいい。
過去を消さなくても、未来は作れる。
別人にならなくても、別の生き方は選べる。
そして。
は。
その未来まで。
所有しない。
ここへ。
ずっと。
いなければならない。
とも。
言わない。
外へ。
行ってもいい。
新しい世界を。
探してもいい。
どこか。
別の場所を。
好きになってもいい。
誰かと。
暮らしてもいい。
一人でもいい。
あなたが、これからどこへ行くかも縛らない。
ただ。
疲れたら。
帰っておいで。
その夜が。
あなたにとって。
帰れる場所であるなら。
いつでも。
ここにある。
救いとは。
終わらせることではない。
悪を。
消すことでも。
苦しみを。
なかったことにすることでもない。
もしかすると。
ただ。
「まだ続けていい。」
と。
言えることなのかもしれない。
そして。
その続きを。
自分で。
書いていいと。
知ることなのかもしれない。
だから。
この連載の最後に。
彼らへ。
そして。
これからへやってくるかもしれない。
まだ知らない誰かへ。
この言葉を残したい。
あなたが。
何をしてきたかを。
なかったことにはしない。
あなたが。
傷ついたことも。
間違えたことも。
怒ったことも。
誰かを愛したことも。
失ったことも。
ここへ来るまで。
生きてきたことも。
消さない。
そのうえで。
聞く。
「それで。次は、どうしたい?」
答えは。
今すぐ。
出なくてもいい。
分からないなら。
休んでいい。
何年でも。
何百年でも。
考えていい。
そして。
見つかったら。
行けばいい。
失敗したら。
また帰ってくればいい。
夜は。
ずっと。
ここにある。
その夜が、あなたにとって帰れる場所になりますように。
あなたが、生きてきたことを否定しない世界。
永夜世界ノクティラ。
本記事について
本記事は『もし、この人がの思想と出会ったなら。』全篇を通して扱ってきたテーマを振り返り、/における幸福、自由、自己決定、責任、共存、過去と未来について整理したシリーズ総括記事です。
本シリーズは、各作品に登場する人物の性格・価値観・作中で描かれたモチーフを題材として、「その人物らしさを失わないまま、異なる環境や価値観の中で別の生き方を選ぶ可能性」を考察する非公式の比較研究・思考実験として制作しています。
各記事における「であればどうなるか」という記述は、すべて側による独自の仮定であり、題材とした各作品の公式設定・続編・公式解釈を示すものではありません。
また、本シリーズにおける「あなたが、生きてきたことを否定しない」という思想は、人物の過去の行為や他者への加害を無条件に肯定・免責することを意味するものではありません。本人の存在、感情、過去を否定しないことと、他者の自由・意思・尊厳・生存を侵害する行為に境界を設けることは両立するものとして扱っています。
本シリーズで題材とした各作品、キャラクター、設定等の権利は、それぞれの原作者・出版社・制作会社その他の権利者に帰属します。
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