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SERIAL RECORD

少佐「戦争が好きだ」という心を、どう生かすか

『HELLSING』少佐

「戦争が好きだ」という心を、どう生かすか

――もし、彼が永夜世界ノクティラの思想と出会ったなら

はじめに

少佐は、

戦争が好きだ。

この人物について考えるとき、

まず、

そこから逃げてはいけない。

本当は寂しかった。

本当は誰かに認められたかった。

本当は別の何かを求めていた。

そういう形で、

彼の戦争愛を別の理由へ置き換えてしまえば、

考察は簡単になる。

けれど。

それでは、

少佐という人物を、

幸福になりやすい別人へ作り替えてしまう。

だから、

この思考実験では、

最初から認める。

少佐は、戦争が好きだ。

そこは、

変えない。

問題は。

その心を持ったまま、

他者の自由を奪わずに生きることができるのか。

そこにある。

1.「戦争を好きになるな」とは言わない

ノクティラは、

少佐へ、

「そんなものを好きになるな」

とは言わない。

好きなものは、

本人の心の中にある。

そこまで、

他人が支配することはできない。

気持ちを矯正して、

「正しいものだけを好きになりなさい」

という世界ではない。

だから。

戦争が好きであること自体は、否定しない。

2.ただし、戦争を始める自由はない

ここで、

すぐ境界が生まれる。

戦争が好き。

だから戦争をする。

これは、

成立しない。

なぜなら、

戦争には、

戦いたくない者まで巻き込まれるからだ。

死にたくない者。

家族を失いたくない者。

家を壊されたくない者。

普通に暮らしたい者。

その人たちにも、

同じように自由がある。

3.「あなたの自由」と「他人の自由」

ノクティラが守る自由は、

一人分ではない。

少佐には、

戦争を好きでいる自由がある。

でも。

他者には、

戦争を嫌う自由がある。

戦わない自由がある。

巻き込まれない自由がある。

だから。

**あなたの心は否定しない。
でも、あなたの心を満たすために他人の自由を奪うことは許さない。**

この線だけは、

越えられない。

4.少佐自身を拒絶しているわけではない

ここは、

少佐のような人物を考えるとき、

とても重要になる。

「戦争は禁止だ。」

それだけを聞けば、

本人は、

「つまり私という人間を否定するのか」

と考えるかもしれない。

けれど、

違う。

拒絶しているのは人格ではなく、他者の自由を奪う行為である。

戦争が好きな少佐は、

そこにいていい。

ただし、

戦争を望んでいない者を、

そのために利用することはできない。

5.「何でも許す」は、受容ではない

もし、

少佐を受け入れるために、

彼が望む戦争まで許可したら。

今度は、

戦いたくない者へ、

犠牲を押しつけることになる。

それは、

少佐の自由だけを優先した世界だ。

ノクティラが目指すものとは違う。

受容とは、一人の願いを無制限に通すことではない。

その人も。

周囲の人も。

両方が、

同じ世界に存在できる形を探す。

6.では、彼は永遠に我慢するのか

ここで、

次の問題が出る。

戦争が好き。

でも戦争はできない。

なら、

ずっと我慢するしかないのか。

その心を、

押し殺し続けるしかないのか。

ノクティラが、

そこで終わるなら。

それは、

「あなたの心は認める。でも一生満たさない」

というだけになる。

だから、

もう一歩考える。

7.少佐が「戦争」と呼んでいるものを分解する

戦争。

一言で言えば簡単だ。

でも、

中には、

いくつもの要素がある。

戦略。

兵站。

配置。

予測。

情報。

欺瞞。

読み合い。

集団の意思。

大規模な計画。

混沌。

想定外。

勝利。

敗北。

準備。

昂揚。

長い年月をかけて組み立てたものが、

一斉に動き出す瞬間。

8.「人が死ぬこと」だけではない

もちろん、

現実の戦争には死がある。

破壊がある。

それを軽く扱うことはできない。

けれど、

少佐が戦争へ感じている快楽のすべてを、

「人が死ぬことが好き」

だけへまとめるのも、

少し違う。

巨大な計画。

複雑な戦略。

敵との読み合い。

予定が崩れること。

勝敗。

混沌。

そこにも、彼が愛しているものがある。

9.ならば、その部分を大きくすればいい

戦争そのものを再現する必要はない。

人を殺さず。

街を壊さず。

生活を奪わず。

それでも。

戦略を。

兵站を。

読み合いを。

勝敗を。

予測不能性を。

巨大な計画を。

全部、本気でやれる場所を作ればいい。

10.最初はチェスでもいい

ノクティラへ来た少佐が、

最初から巨大な競技を与えられる必要はない。

チェス。

盤上遊戯。

カード。

簡単な戦略ゲーム。

少佐は、

遊ぶ。

勝つ。

負ける。

相手を読む。

そして。

やがて、

言うかもしれない。

「狭い。」

11.「もっと大きな戦場が欲しい」

盤面が小さい。

駒が少ない。

情報が少ない。

なら。

大きくする。

数十人。

数百人。

複数陣営。

地形。

資源。

外交。

物流。

情報戦。

潜入。

探索。

陣地。

交渉。

裏切り。

12.ただし、全員が参加者

ここが、

実際の戦争との決定的な違いになる。

参加したくて来た者だけが、

参加する。

嫌なら参加しない。

途中で降りることもできる。

安全基準もある。

生命を奪うルールはない。

戦うことへ、全員の合意がある。

13.「合意された戦争」

少佐は、

それを戦争と呼ぶかもしれない。

周囲は、

大会。

競技。

戦略祭。

そう呼ぶかもしれない。

呼び方は、

別に統一しなくていい。

重要なのは。

実際には、

全員が参加したいと思っている。

「戦いたい者同士だけで成立する闘争」であること。

14.勝つためなら、本気でいい

安全な競技だから、

手加減しなければならない。

そんな必要はない。

ルールの中なら。

本気で潰しにいく。

本気で裏をかく。

本気で相手の作戦を読む。

何ヶ月も準備する。

徹夜で分析する。

相手の弱点を探す。

勝てば喜ぶ。

負ければ悔しがる。

殺さないことと、本気にならないことは別だ。

15.少佐は、たぶん本気で楽しむ

相手も強い。

読んでくる。

こちらの準備を壊してくる。

予想外の手を出す。

計画が崩れる。

それでも。

少佐は、

むしろ嬉しくなるかもしれない。

すべて予定通りでは、

面白くない。

「そう来たか。」

その瞬間こそ、

彼の欲しかったものの一つなのだと思う。

16.勝利だけが幸福ではない

少佐について面白いのは、

単純に、

「勝てば満足」

だけではないところだ。

完璧な計画。

それが、

さらに上の一手で破られる。

普通なら、

屈辱になる。

しかし。

少佐なら、

その予想外自体を、

楽しむ余地がある。

17.「素晴らしい」

自分が負けた。

相手が、

自分の想定を超えた。

それでも。

「素晴らしい。」

と言えるなら。

彼が欲しいのは、

勝者の座だけではない。

本気でぶつかる相手。

予測不能性。

計画と計画の衝突。

そのものにも価値がある。

18.だから、何度でも戦える

競技なら。

負けても、

次がある。

翌年。

次回。

別のルール。

別の相手。

また準備する。

実際の戦争では、

敵が死ねば終わる。

自分が死んでも終わる。

けれど。

競技なら。

相手が生きているから、また戦える。

19.これは少佐にとって、むしろ都合がいいかもしれない

永遠に戦いたい。

そう思うなら。

相手を殺してしまうより、

生きていてもらったほうがいい。

強敵なら、

なおさらだ。

去年負けた。

なら、

今年は勝つ。

今年勝った。

なら、

来年は、

もっと強くなった相手とやる。

殺さないことが、戦争好きにとって合理的になる。

20.兵站は、巨大イベントでも楽しい

競技の規模が大きくなる。

すると、

戦略だけでは足りない。

人員。

食料。

資材。

輸送。

通信。

宿泊。

時間。

少佐が好きそうな要素は、

いくらでも出てくる。

巨大な大会を動かすための兵站。

これは、

かなり面白いはずだ。

21.「作戦」は、競技以外にもある

少佐が、

戦争と呼ぶものは。

武道大会だけではないかもしれない。

巨大建築。

探索。

祭り。

研究競争。

地域対抗イベント。

料理大会。

何でも。

そこに、

人数。

時間制限。

資源。

勝敗。

目標。

想定外。

があれば。

彼は、勝手に戦場を見つける。

22.料理大会まで戦争になる

チーム戦。

制限時間。

食材調達。

役割分担。

工程。

相手の得意分野。

審査傾向。

予備案。

少佐に任せたら、

ただの料理大会が、

異様に戦略的になるかもしれない。

でも。

誰も死なない。

最後に残るのは、

料理と笑い話だけ。

23.「私は戦争が好きだ!」

何百年経っても。

少佐は、

たぶん言っている。

「私は戦争が好きだ!」

周囲は、

もう驚かない。

「知ってる。」

「今年は何やるの?」

「また大会?」

そんな反応になる。

24.言葉まで矯正しなくていい

これも、

大切にしたい。

「戦争」という言葉は危ないから、

別の言葉を使いなさい。

そうする必要はない。

本人が、

競技を戦争と呼びたいなら。

呼べばいい。

現実に、

誰も強制されていない。

誰も殺されていない。

誰の生活も壊れていない。

ならば。

言葉ではなく、行為を見る。

25.少佐の熱量を小さくしない

「戦争は駄目だから、

代わりに小さなゲームで我慢しましょう。」

それでは、

あまりにも小さい。

彼が求めているものが、

巨大なら。

巨大なものを作ればいい。

何年も準備する。

何千人も動く。

街全体が参加する。

一日では終わらない。

数ヶ月続く。

規模まで削る必要はない。

26.人を殺さず、世界規模で遊ぶ

ノクティラ全域を使った、

巨大戦略競技。

地域ごとに、

異なる資源。

異なる条件。

異なる文化。

各勢力が、

独自の目標を持つ。

交渉。

同盟。

裏切り。

戦略。

移動。

少佐なら、

何十年でも研究できるかもしれない。

27.ゲームデザイナーになる

そして、

やがて。

参加するだけでは、

足りなくなるかもしれない。

自分で作る。

ルール。

マップ。

勝利条件。

情報構造。

バランス。

想定外が起きやすい仕組み。

最適解が固定されないようにする。

戦争好きのゲームデザイナー。

これは、

かなり似合う。

28.「完璧な戦争」を作らない

少佐なら、

完璧に管理されたゲームを作るだろうか。

たぶん、

つまらない。

勝つ方法が決まっている。

正解がある。

誰がやっても、

同じ結果。

それでは、

戦争ではない。

だから。

あえて、

人間の自由を残す。

他者の意思。

裏切り。

偶然。

情報不足。

完全には制御できない仕組みを作る。

29.他者の自由が、最高の乱数になる

これは、

少佐にとって面白いところかもしれない。

相手には、

意思がある。

こちらの期待通りには動かない。

予想を裏切る。

勝手に考える。

勝手に決める。

それが、

ゲームを面白くする。

ならば。

他者の自由を奪わないほうが、面白い。

そんな結論へ行く可能性もある。

30.自由な相手だから、強敵になる

命令された駒。

決められた動き。

それでは、

読めてしまう。

でも。

相手が自由なら。

何をするか分からない。

だから、

読もうとする。

外れる。

また考える。

戦略が深くなる。

他者の自由そのものが、闘争の価値を高める。

31.「支配しないほうが面白い」

これは、

かなり皮肉で。

でも、

少佐らしい着地かもしれない。

相手を完全に支配したら。

予測不能性はなくなる。

なら。

支配しないほうがいい。

自由に動かせる。

自由に考えさせる。

そのほうが、

予想外が増える。

他者の自由を尊重する理由が、「そのほうが面白い」でも構わない。

32.優しさからでなくてもいい

ノクティラは、

全員に同じ倫理感情を要求しない。

他人を思いやりなさい。

命を愛しなさい。

そういう感情を、

無理に持たせる必要はない。

少佐が、

「相手が自由なほうが楽しいから」

という理由で、

他者の自由を尊重するなら。

それも、

一つの共存の形になる。

33.結果として守られるもの

動機は、

変わっていてもいい。

結果として。

相手の意思を奪わない。

強制しない。

殺さない。

生活を壊さない。

なら。

ノクティラにとっては、

大きな意味がある。

善人になることより、他者の自由を侵害しない選択ができることのほうが重要だ。

34.それでも、満たせない部分はある

ただ。

少佐が、

戦争に求めているすべてを、

競技へ置き換えられるとは限らない。

人が死ぬこと。

破壊。

恐怖。

苦痛。

そこまで含めて、

本人の快楽であるなら。

その部分だけは、

ノクティラでは実現できない。

35.「それは無理だ」と言う

ここで、

ごまかさない。

代用品があります。

全部満足できます。

とは言わない。

できないものは、

できない。

誰かの苦痛を必要とする願いは、そのままでは叶えられない。

それは、

ノクティラの境界だ。

36.でも、願いを持っているだけで追放しない

叶えられない。

だから。

そんな心を持つ者は、

ここにいてはいけない。

とも言わない。

戦争がしたい。

人を殺したい。

そう思うことがあったとしても。

行動へ移さないなら。

その心だけで、

存在を奪わない。

欲望を持つことと、欲望を実行することは別だからだ。

37.少佐自身が、出口を選ぶ

これは、

単なる我慢ではない。

「殺せないから、

仕方なくゲームをする。」

だけでもない。

長い時間の中で。

競技の面白さ。

自由な敵。

巨大な計画。

終わらない対戦。

それらを知る。

すると。

「こちらのほうが面白い」

と思う可能性もある。

38.殺したら、もう戦えない

極端な話。

強敵を殺す。

それで終わる。

でも。

生かしておけば。

来年も戦える。

再来年も。

百年後も。

相手も成長する。

戦術も変わる。

新しい参加者も来る。

戦争好きの少佐にとって。

終わらせないことは、大きな価値になる。

39.「終わらない戦争」を、本当に作る

少佐が求める、

終わらない戦争。

それを。

現実の戦争ではなく。

終わらない競技体系として作る。

毎年ルールが変わる。

新しい技術。

新しい戦術。

新しい相手。

古い戦術の復活。

何百年経っても、

完全な正解がない。

それなら。

本当に、

終わらない。

40.そして、誰も死なない

ここが、

ノクティラ側から見た、

最大の違いになる。

戦争が続く。

少佐の中では。

でも。

墓は増えない。

孤児も増えない。

家を失う者もいない。

強制的に参加させられる者もいない。

翌日には、

また普通の生活がある。

41.「戦場」から帰れる

競技が終わる。

疲れた。

悔しい。

嬉しい。

興奮している。

でも。

帰る。

家へ。

酒場へ。

友人のところへ。

そして。

次の日には、

仕事をする者もいる。

遊ぶ者もいる。

旅へ行く者もいる。

戦場から、全員が帰れる。

42.少佐も帰る

少佐自身も。

競技が終われば、

帰る。

翌日。

誰かに、

昨日の作戦について延々話しているかもしれない。

反省しているかもしれない。

次の大会を考えているかもしれない。

でも。

彼自身も。

戦争だけで存在しているわけではなくなる。

43.「戦争がない時間」も人生になる

これも、

長く暮らせば変わる部分かもしれない。

昔なら。

戦争のために準備する。

戦争をする。

次の戦争を待つ。

それだけだった。

でも。

ノクティラでは、

その間にも生活がある。

食事。

会話。

観戦。

設計。

旅。

文化。

44.戦争以外を愛さなくてもいい

ここで、

「やがて日常の素晴らしさに目覚める」

とはしない。

そんな必要はない。

少佐は、

何百年経っても。

戦略競技の日が、

一番好きかもしれない。

それでいい。

ただ。

戦争以外の時間も、生きていていい時間になる。

それだけでも違う。

45.「次の戦争までの空白」ではなくなる

戦争がない時間。

それを。

退屈な待機時間としてではなく。

次の設計をする時間。

他人の大会を見る時間。

酒を飲む時間。

新しいルールを考える時間。

そんな形で使う。

戦争と戦争の間にも、

人生がある。

46.過去について

少佐が、

ノクティラで誰も殺さなくなった。

競技を作った。

皆と楽しんでいる。

だから。

過去の行為は、

消える。

そんなことはない。

やったことは、やったこと。

そこは、

変えない。

47.現在の幸福は、過去への免罪符ではない

今、

他者の自由を守っている。

それは良い。

でも。

過去に奪った自由が、

戻ってくるわけではない。

現在の少佐を受け入れることと。

過去の行為を肯定することは、

別だ。

48.赦されなくてもいい

少佐を、

赦さない者がいる。

当然だ。

嫌う者も。

距離を取る者も。

関わらない者も。

それでいい。

本人が続きを生きるために。

全員から赦される必要はない。

被害を受けた側には、赦さない自由もある。

49.それでも、続きを生きられる

過去を消さない。

赦しも強制しない。

それでも。

次に何をするかは、

選べる。

また誰かを殺すのか。

それとも。

今度は、

誰も死なない巨大な戦争を作るのか。

そこは、

少佐自身の選択になる。

50.《戦争》から

少佐の幸福を、

ノクティラの思考実験として整理するなら。

こうなる。

**《戦争》
→《殺戮を必要としない本気の闘争》**

さらに。

**《他者の人生を燃料にする戦争》
→《全員が帰れる戦場》**

となる。

51.情熱は、そのまま

戦略。

兵站。

読み合い。

勝負。

巨大な計画。

予測不能性。

敵。

味方。

昂揚。

何年もかけた準備。

全部残す。

少佐の熱量を、

小さくしない。

ただ。

墓場だけを、そこから外す。

52.少佐のまま、幸福になる

優しくならなくてもいい。

善人にならなくてもいい。

平和主義者にならなくてもいい。

「戦争なんて嫌いだ。」

と言う日が来なくてもいい。

何百年後も。

「私は戦争が好きだ!」

そう叫んでいていい。

53.でも、周囲はもう逃げない

昔なら。

その言葉を聞けば。

人は、

何が始まるのかと恐れた。

でも。

何百年後。

誰かが言う。

「また大会の話?」

別の誰かが言う。

「今年は参加するよ。」

また誰かが言う。

「私は観戦だけ。」

それでいい。

「戦争が好きだ」という言葉が、誰かの死刑宣告ではなくなる。

54.それは、とても大きな変化

本人の言葉は変わらない。

本人の情熱も変わらない。

でも。

その情熱が世界へ与える結果だけが、

大きく変わっている。

誰も死なない。

誰も強制されない。

それでも、

本人は本気で楽しんでいる。

人格を消さずに、結果を変える。

それが、

ノクティラの考える幸福の一つなのだと思う。

55.「実に良い戦争だった」

巨大戦略競技が終わる。

少佐の陣営は、

負けているかもしれない。

勝っているかもしれない。

どちらでもいい。

作戦は、

思い通りにならなかった。

予想外だらけだった。

相手は強かった。

終わったあと。

勝者も敗者も。

同じ場所へ集まる。

酒。

食事。

反省会。

笑い声。

56.次の戦争の話をする

「あの場面は読まれていた。」

「次はあの補給線を変える。」

「新しいルールを入れよう。」

「来年は負けない。」

また。

次がある。

相手もいる。

世界もある。

だから。

少佐は、

満足そうに笑って。

言う。

「実に良い戦争だった。」

おわりに

「戦争が好きだ」と言ったまま、生きていく

少佐を幸福にするために。

戦争を嫌いにさせる必要はない。

善人にする必要もない。

心の奥に、

隠された優しさを作る必要もない。

彼は。

戦争が好きだ。

それでいい。

ただ。

その戦争を、

誰かの人生によって作らなくてもいい。

敵がほしいなら。

戦いたい者を集めればいい。

巨大な作戦がほしいなら。

巨大な競技を作ればいい。

兵站がほしいなら。

何千人も参加する大会を作ればいい。

予測不能性がほしいなら。

相手の自由を残せばいい。

勝敗がほしいなら。

何度でも競えばいい。

そして。

強敵がほしいなら。

殺さず、また次も戦えばいい。

少佐にとって。

それは、

戦争の代用品ではなくなるかもしれない。

何百年も続く。

終わらない。

毎回違う。

敵も成長する。

戦術も変わる。

巨大な計画が、

何度でも動き出す。

それでも。

誰も死なない。

全員が帰れる。

翌年。

また集まれる。

だから。

少佐の幸福は。

戦争を捨てることではない。

戦争へ注いでいた膨大な情熱に、他者の死を必要としない出口を作ること。

となる。

**《戦争》
→《殺戮を必要としない本気の闘争》**

**《他者の人生を燃料にする戦争》
→《全員が帰れる戦場》**

本人は、

少しも穏やかになっていないかもしれない。

相変わらず。

大声で。

楽しそうに。

叫んでいる。

「私は戦争が好きだ!」

でも。

今度は。

その言葉を聞いても、

誰も自分の家族の死を覚悟しなくていい。

誰かは参加する。

誰かは観戦する。

誰かは興味がないから帰る。

みんな、

自分で選ぶ。

そして。

戦争が終わったら。

全員が、

また自分の生活へ戻る。

それでいい。

少佐の心を否定しない。

同じだけ、周囲の心も否定させない。

その二つを両立させた先に。

少佐のまま生きていける場所がある。

善人になった少佐ではない。

戦争を嫌いになった少佐でもない。

ただ。

誰も殺さずに、何百年でも「戦争」を楽しめる少佐。

それが、

永夜世界ノクティラで考えられる、

彼の幸福なのだと思う。

あなたが、生きてきたことを否定しない世界。

永夜世界ノクティラ。

本記事について

本記事は『HELLSING』に登場する少佐の人物像・価値観・作中で描かれたモチーフを題材として、Lewd Beast Tribe/永夜世界ノクティラの文化・倫理・思想を考察する非公式の比較研究・思考実験です。

本記事で記述している「ノクティラであればどうなるか」という内容は、すべてLewd Beast Tribe側から行った独自の仮定であり、『HELLSING』の公式設定・続編・公式解釈を示すものではありません。

『HELLSING』および同作に登場するキャラクター・設定等の権利は、それぞれの原作者・出版社・制作会社その他の権利者に帰属します。

Lewd Beast Tribeおよび本サイトは、『HELLSING』ならびに各権利者とは関係ありません。