LEWD BEAST TRIBE

SERIAL RECORD

導入・総論《創られた存在にも、自分の「続きを」選ぶ権利はあるのか》

第6篇 『Re:CREATORS』

創られた存在にも、自分の「続きを」選ぶ権利はあるのか

――もし、彼らが永夜世界ノクティラの思想と出会ったなら

はじめに

自分が、

誰かによって作られた存在だったとしたら。

自分の性格も。

生まれた場所も。

戦う理由も。

愛した人も。

苦しんだ過去も。

誰かが書いたものだったとしたら。

そのとき。

自分の人生は、本当に自分のものなのだろうか。

『Re:CREATORS』という作品について考えたとき、

永夜世界ノクティラと非常に強く重なる問いがある。

それは、

「存在する者は、誰のものなのか」

という問いだ。

創造者がいる。

物語がある。

設定がある。

役割がある。

しかし。

その存在が、

自分で考え。

自分で苦しみ。

自分で何かを望むようになったなら。

その瞬間から。

彼らは、

単なる物語の部品ではなくなる。

では。

創られた者が、

創った者の望みとは違う人生を選んでもいいのだろうか。

「あなたはこういうキャラクターだから」

という言葉を拒んでもいいのだろうか。

物語の外へ出て。

自分自身で、

続きを作ってもいいのだろうか。

第6篇『Re:CREATORS』では、

そこから考えてみたい。

これは、

『Re:CREATORS』の続編を想定するものではない。

作中人物が実際にノクティラへ訪れたという、

Lewd Beast Tribeの公式設定でもない。

『Re:CREATORS』に描かれた人物像や、

「創造者と被造物」

「物語と現実」

「役割と自由意志」

というモチーフを題材として、

「生まれた理由を否定しなくても、その先の生き方を自分で選べるのか」

を考える思考実験である。

1.「作られた存在」であるということ

『Re:CREATORS』では、

物語の中にいた存在が、

現実へ現れる。

すると。

一つの事実と向き合うことになる。

自分たちの世界には、

作者がいる。

自分たちの人生は、

物語として作られていた。

戦争。

悲劇。

喪失。

使命。

敵。

味方。

それらの多くが、

誰かによって描かれた。

これは、

かなり残酷な事実でもある。

2.「なぜ、こんな世界を作った」

もし。

自分が苦しんできた人生を、

誰かが作ったのだと知ったら。

当然、

問いが生まれる。

なぜ。

なぜ、

こんな苦しみを作った。

なぜ、

こんな敵を作った。

なぜ、

あの人を死なせた。

なぜ、

自分にこんな役割を与えた。

創造者がいるという事実は、

苦しみへ、

「誰かの意図」

を与えてしまう。

3.ノクティラは、「作者にも事情がある」と最初から庇わない

ここで、

ノクティラなら、

すぐ創造者側を擁護しない。

「作品を面白くするためだった。」

「物語には必要だった。」

「作者にも事情があった。」

そう説明して、

怒りを鎮めようとはしない。

なぜなら。

苦しんだ本人にとっては、

そんな事情より先に。

「自分は苦しかった」

という事実があるからだ。

4.創造者の事情と、被造物の痛みは両方存在する

もちろん。

創作者には、

創作者の事情がある。

物語を作る。

葛藤を作る。

悲劇を書く。

それによって、

何かを表現する。

しかし。

それを理解したからといって。

被造物側が、

「では仕方がない」

と思わなければならないわけではない。

創造した側に理由があることと、創られた側が傷ついたことは両立する。

どちらかを消す必要はない。

5.「作ったから、所有している」は成立するのか

ここで、

もっと根本的な問いが出る。

創造者が、

その人物を作った。

なら。

その人物は、

創造者のものなのか。

設定を決めた。

性格を決めた。

人生を決めた。

だから。

これからも、

その人物の人生を決める権利があるのか。

ノクティラの答えは、

おそらく、

かなり明確だ。

存在している者は、その存在自身のものである。

6.生まれた理由と、生きる理由は違う

誰かによって作られた。

それが、

生まれた理由だとしても。

これから何をするのか。

誰を好きになるのか。

どこへ行くのか。

何を大切にするのか。

それまで、

創造者が決め続ける必要はない。

生まれた理由は他者にあっても、生きる理由は本人が決めていい。

7.「あなたは、こういうキャラクターだ」

これは、

創作において普通の言葉だ。

この人物は、

こういう性格。

こういう役割。

こういう物語を持つ。

けれど。

もし、

その人物自身が意思を持ったなら。

「私はもう、

その役割をしたくない。」

と言ってもいい。

8.役割を拒否する自由

英雄として作られた。

だから、

世界を救い続けなければならない。

悪役として作られた。

だから、

悪役であり続けなければならない。

戦士として作られた。

だから、

戦い続けなければならない。

そんな義務は、

ノクティラにはない。

役割として生まれたことと、その役割を永遠に続けることは別である。

9.英雄が、戦いたくないと言っていい

英雄だから。

戦わなければならない。

誰かを守らなければならない。

世界を救わなければならない。

そう期待される。

でも。

疲れた。

もう戦いたくない。

今日は何もしたくない。

そう思う日があっていい。

世界を救える力を持つことと、世界を救う義務を持つことは違う。

10.悪役が、悪役を続ける必要もない

逆も同じだ。

悪役として作られた。

だから。

破壊する。

支配する。

誰かを傷つける。

その役割を、

永遠に演じ続ける必要はない。

もし本人が、

別のことをしたいなら。

それでいい。

ただし。

ここでも、

「善人にならなければならない」

とはしない。

役割を辞める自由があるだけだ。

11.「役割から自由になる」と「人格を変える」は違う

これは、

このシリーズで大切にしてきた考え方でもある。

戦士なら。

強さは残していい。

悪役なら。

野心も。

癖も。

危うさも。

残っていい。

英雄なら。

責任感も。

正義感も。

残っていい。

変えるのは、

「そうしなければならない」という強制だけ。

12.創造者の期待から離れる

作者が、

この人物にはこうなってほしい。

読者が、

この人物にはこうあってほしい。

人気があるから。

象徴だから。

物語上重要だから。

それでも。

本人が、

違う人生を望むことがある。

なら。

ノクティラでは。

期待される自分と、選びたい自分を分けて考えることができる。

13.「期待を裏切っても、生きていていい」

これは、

被造物にとってかなり重要だと思う。

英雄だった人物が、

普通に暮らす。

戦士だった人物が、

店を開く。

悪役だった人物が、

研究を始める。

王だった人物が、

旅をする。

それを見て。

「そんなの、

あなたらしくない。」

と言う者がいるかもしれない。

でも。

らしさは、他人の期待によって決めるものではない。

14.創造者が知っているのは、「これまで」

作者は、

その人物の過去を知っている。

何を考えていたか。

なぜそう行動したか。

何を失ったか。

何を望んでいたか。

誰よりも知っているかもしれない。

でも。

その人物が、

作者の手を離れて生き始めたなら。

未来までは、

分からない。

15.「この先」は、本人にも分からない

これは、

自由の面白いところだ。

作者にも分からない。

本人にも、

まだ分からない。

何を好きになるか。

誰と出会うか。

どこへ行くか。

何年後、

どんな考えになっているか。

未来が未設定になる。

それは、

怖いことでもある。

でも。

同時に、

自由でもある。

16.設定資料にない人生

今日は、

何を食べた。

どこを散歩した。

誰と話した。

どんな本を読んだ。

そんなことまで、

原作の設定には書かれていない。

でも。

本人には、

その時間がある。

設定資料にない時間。

物語に描かれなかった時間。

誰にも観測されていない人生。

それも、

人生だ。

17.「物語にならなくてもいい日」

事件が起きない。

戦わない。

重要な発言もしない。

成長イベントもない。

伏線もない。

ただ。

一日が終わる。

創作物として見れば、

描かれない日かもしれない。

でも。

本人にとっては。

物語にならない日も、生きた一日である。

18.誰にも見られていなくても、存在している

これは、

創られた存在へ向けると、

特に大きな意味を持つ。

誰かが読んでいるから、

存在する。

誰かが見ているから、

価値がある。

そうではない。

読者がいなくても。

観客がいなくても。

物語にならなくても。

その人の人生には価値がある。

19.「登場人物」から「生活者」へ

創作の中では、

人物には役割がある。

主人公。

敵。

味方。

師匠。

恋人。

ライバル。

でも。

ノクティラへ来れば。

そうした呼び名より先に。

生活する者になる。

食べる。

眠る。

働く。

休む。

遊ぶ。

誰かを好きになる。

喧嘩する。

20.物語を背負わなくてもいい

自分の世界を救えなかった。

誰かを守れなかった。

物語が途中で終わった。

悲劇を背負っている。

それでも。

ノクティラでは。

その物語を完成させる義務はない。

未完のままでも、本人の人生は続けられる。

21.「世界を救う」より、「今日はどうする?」

大きな使命を持つ人物ほど。

この問いは、

最初は小さすぎるかもしれない。

今日は何する?

何食べる?

どこ行く?

でも。

世界を救うことばかり考えていた人物にとって。

この小さな問いを、

自分で決めることは。

案外、

大きな自由になる。

22.作者を憎んでもいい

自分の人生を作った人物。

そこへ、

怒りを向ける。

恨む。

許せない。

それも、

一つの感情だ。

ノクティラは、

「あなたを生んでくれた人なんだから感謝しなさい」

とは言わない。

生み出されたことへの感謝を、義務にはしない。

23.感謝してもいい

逆に。

感謝する者もいるだろう。

この人生を作ってくれた。

苦しいこともあった。

でも。

出会えた人がいる。

好きになったものがある。

だから。

ありがとう。

そう思う者もいる。

それも自由だ。

24.創造者との関係を、本人が選ぶ

会いたい。

会いたくない。

話したい。

距離を取りたい。

許したい。

許したくない。

感謝している。

怒っている。

両方ある。

それでいい。

創造者と被造物の関係も、創造した瞬間で固定される必要はない。

25.「親子」にする必要もない

創造者と被造物を、

親と子のように考えることもできる。

でも。

必ず、

そうしなければならないわけではない。

作者。

創造者。

かつて自分を作った人。

友人。

他人。

それぞれが、

どういう関係を作るか。

本人たちが決めればいい。

26.創造者にも、自由がある

ここで。

被造物だけが自由になるわけではない。

創造者側にも、

自由がある。

自分が作った人物に、

永遠に責任を持ち続けなければならない。

そう決めつけることも、

一種の強制になる。

作者にも、

自分の人生がある。

27.「作ったのだから、永遠に面倒を見ろ」ではない

創造には、

責任がある。

でも。

その責任が、

無限に続く所有や拘束になってはいけない。

被造物が、

創造者の所有物でないように。

創造者も、

被造物の所有物ではない。

互いに相手の人生を所有しない。

28.距離を取り直すこともできる

最初は、

怒り。

対立。

責任追及。

そこから始まることもある。

でも。

時間が経てば。

距離を変えてもいい。

たまに会う。

全く会わない。

一緒に何かを作る。

それぞれで生きる。

関係にも、

続きを作る自由がある。

29.創造者が謝ること

「すまなかった。」

そう言うこともある。

でも。

謝罪したから、

被造物は許さなければならない。

そんなことはない。

謝罪は、

赦しを買うためのものではない。

謝る自由と、許さない自由は両立する。

30.「なぜ、あんな目に遭わせた」

問い続けてもいい。

答えが、

納得できないこともある。

創作上必要だった。

物語のためだった。

そう言われても。

「そんなものは知らない。」

と思うかもしれない。

それでもいい。

創造者の答えを、

被造物が受け入れる義務はない。

31.理解と赦しは違う

なぜ、

そう書いたのか。

理解できた。

でも。

許せない。

それも成立する。

逆に。

理解できない。

でも。

もう恨み続ける必要もない。

そういうこともある。

感情には、決まった順番がない。

32.そして、被造物同士にも違いがある

同じように、

物語から現れた存在でも。

考え方は違う。

創造者を恨む者。

感謝する者。

元の世界へ帰りたい者。

帰りたくない者。

自分の物語を続けたい者。

完全に別の人生を始めたい者。

同じ立場だから、同じ答えになるわけではない。

33.帰りたい者は、帰ればいい

元の世界が、

苦しい場所だったとしても。

それでも。

そこに、

大切な人がいる。

守りたいものがある。

続けたい物語がある。

なら。

帰る。

その自由もある。

ノクティラが幸福だからといって、

全員が住み続ける必要はない。

34.帰りたくない者は、残ればいい

逆に。

もう戻りたくない。

役割へ戻りたくない。

戦いへ戻りたくない。

なら。

残っていい。

どの世界で生きるかまで、物語に決められる必要はない。

35.ノクティラは「正しい結末」を決めない

この人物なら、

元の世界へ帰るべき。

この人物なら、

創造者と和解するべき。

この人物なら、

使命を果たすべき。

そういう、

正しい結末を作らない。

本人が選ぶ結末を、その時点での答えとして尊重する。

36.そして、答えは変わってもいい

今は帰りたくない。

百年後。

帰ってみたいと思う。

今は創造者へ会いたくない。

何十年後。

一度くらい話してみたいと思う。

そうなったら。

変えればいい。

自由とは、一度決めた選択へ永遠に縛られないことでもある。

37.「キャラクター設定」を更新していい

これは、

『Re:CREATORS』をノクティラから考えるうえで、

面白い象徴になる。

この人物は、

こういう人。

設定には、

そう書いてある。

でも。

百年生きた。

新しい経験をした。

考え方が変わった。

なら。

もう、

最初の設定だけでは説明できない。

38.設定から外れることは、破綻ではない

創作では、

キャラクターが設定から外れれば、

キャラ崩壊と呼ばれることもある。

でも。

実際に生きている存在なら。

変化は、

崩壊ではない。

経験が増えた結果だ。

昨日までの自分と違うことを選べるのが、生きているということでもある。

39.「あなたらしくない」と言われても

本人が、

やりたいと思った。

それなら。

誰かが、

「あなたらしくない」

と言っても。

一度、

自分自身へ問い直せばいい。

本当に。

これは自分がしたいことなのか。

答えが、

はいなら。

それでいい。

40.本人が本人らしさを決める

誰かが作った設定。

読者の印象。

過去の行動。

それらも、

本人を構成する要素ではある。

でも。

最終的に。

「自分らしさ」を決める権利まで、外側の誰かに渡さなくていい。

41.創造する側にも、この問いは返ってくる

ここで。

『Re:CREATORS』の問いは、

創作者側にも戻ってくる。

自分が何かを作る。

キャラクターを作る。

世界を作る。

そこで。

その存在を、

自分の願望だけのために扱っていないか。

42.「この人なら、どうしたいだろう」

創作するとき。

作者が、

やらせたいことを書く。

それだけではなく。

この人物なら、

どうしたいだろう。

何を嫌がるだろう。

何を選ぶだろう。

そう考える。

もちろん。

現実のキャラクターが、

本当に意思を持っているという話ではない。

でも。

創作する側が、人物を一つの存在として尊重する姿勢

というものはある。

43.ノクティラという創作世界自身にも返ってくる

これは、

Lewd Beast Tribe/ノクティラにも、

そのまま返ってくる問いになる。

ノクティラの住人は、

創作者が作る。

設定を決める。

人生を描く。

でも。

ノクティラの思想が、

「あなたが、生きてきたことを否定しない世界」

であるなら。

創作するときにも。

人物を思想のための道具にしすぎない

という姿勢が必要になる。

44.「ノクティラなら救われる」に押し込まない

このシリーズそのものにも、

注意が必要になる。

ノクティラへ来れば、

必ず幸福になる。

必ず思想へ共感する。

必ず住み続ける。

そう決めてしまえば。

今度は、

ノクティラという思想が、

人物の自由を奪う。

だから。

拒絶してもいい。

合わなくてもいい。

帰ってもいい。

45.ノクティラを嫌いになってもいい

ノクティラの考え方が、

嫌い。

自由すぎる。

価値観が合わない。

退屈。

自分の世界のほうが好き。

そう思う人物もいるだろう。

それでいい。

ノクティラは、ノクティラを好きになる自由まで強制してはいけない。

46.「ここにいなくてもいい」が、本当の歓迎になる

少し矛盾しているように見える。

来てもいい。

でも。

出ていってもいい。

この二つが、

両方ある。

だからこそ。

「ここにいていい」

という言葉が、

拘束にならない。

帰る自由のある場所だけが、本当に帰れる場所になれる。

47.物語を続けることと、元の物語へ戻ることは違う

続きを作る。

それは、

必ず、

原作世界の続きを作ることではない。

別の場所。

別の仕事。

別の関係。

別の人生。

それも。

その人物の続きだ。

48.「続編」ではなく、「人生の続き」

作品としての続編がなくても。

本人には、

明日がある。

誰にも描かれていない。

誰にも読まれない。

でも。

本人が生きているなら。

それは物語の続編ではなく、人生の続きになる。

49.《設定された役割》から

第6篇で考えたい変化を、

一つの形へまとめるなら。

**《設定された役割》
→《本人が選び直す生き方》**

になる。

役割を、

完全に捨てる必要はない。

好きなら続ければいい。

英雄でいたいなら。

英雄でいる。

戦いたいなら。

戦う。

でも。

「そうしなければならない」だけを外す。

50.《創造者の物語》から《自分の人生》へ

もう一つ。

より大きく整理するなら。

**《創造者によって与えられた物語》
→《本人自身が選ぶ人生》**

になる。

過去は、

創造者が書いた。

でも。

これから先まで。

同じ人が書かなければならない理由はない。

51.過去を否定しなくても、主導権は変えられる

自分が、

誰かによって作られた。

その事実は、

消えない。

過去も。

設定も。

物語も。

全部、

自分の一部ではある。

だから。

忘れる必要はない。

でも。

過去の作者と、未来の作者が同じである必要はない。

52.未来の作者は、本人

今日。

どこへ行くか。

何を食べるか。

誰と話すか。

何を断るか。

何を選ぶか。

一つずつ。

本人が決める。

その積み重ねによって。

未来ができる。

自分の人生の続きを書く作者は、自分自身になれる。

53.書き直すのではなく、書き足す

過去を、

なかったことにする必要はない。

物語を、

最初から書き直す必要もない。

辛かったこと。

与えられた役割。

創造者への怒り。

全部、

残っている。

その下へ。

新しい頁を、

書き足していく。

54.設定資料の最後に、空白を作る

もし。

その人物の人生を記した、

巨大な設定資料があったとして。

最後の頁。

そこには。

何も書かれていない。

それでいい。

何を書くのか。

本人も、

まだ知らない。

でも。

ペンだけは、

本人の手にある。

55.第6篇で考えたいこと

『Re:CREATORS』を通して。

ノクティラが考えたいのは。

創造されたことへの否定ではない。

作者への断罪だけでもない。

もっと先。

「生まれ方を選べなかった存在も、生き方は選べるのか。」

という問いだ。

おわりに

創られた存在にも、自分の「続きを」

誰かに作られた。

設定された。

役割を与えられた。

物語を与えられた。

そこから生まれた。

それは、

変えられない。

でも。

その後まで。

永遠に、

誰かの物語であり続ける必要はない。

英雄として作られた人物が、

英雄を辞めてもいい。

悪役として作られた人物が、

悪役を続けなくてもいい。

戦士が、

戦わない日を選んでもいい。

逆に。

本人が望むなら。

英雄であり続けてもいい。

戦ってもいい。

創造者が望んだ通りの人生を、

本人自身が気に入っているなら。

それを続けてもいい。

重要なのは。

誰が決めたのか。

ということだ。

創造者だから。

作者だから。

読者が期待しているから。

設定に書いてあるから。

それだけではなく。

本人が、

「これを選ぶ」

と思えること。

そこに。

自由がある。

だから。

第6篇『Re:CREATORS』で考える幸福の形は、

こうなる。

**《設定された役割》
→《本人が選び直す生き方》**

そして。

**《創造者によって与えられた物語》
→《本人自身が選ぶ人生》**

過去は、

誰かが書いたものかもしれない。

でも。

未来の頁は、

まだ白い。

そこへ。

何を書くか。

何も書かず、

今日は休むか。

元の物語へ戻るか。

別の場所へ行くか。

それすら。

本人が決めていい。

創られた存在だからといって。

永遠に、

創った者の所有物である必要はない。

生まれた理由を、

否定しなくてもいい。

作られた過去を、

捨てなくてもいい。

ただ。

これから生きる理由だけは、自分で選べる。

そして。

誰にも書かれていない一日を、

一つ。

また一つ。

生きていく。

物語としては、

何も起きていない日でもいい。

誰も読んでいない。

誰も見ていない。

それでも。

本人にとっては、

確かに生きた一日だ。

そうして。

設定資料に書かれていなかった人生が、

どんどん増えていく。

いつか。

過去よりも。

自分で選んだ時間のほうが、

長くなるかもしれない。

それこそが。

創られた存在にとっての、

一つの幸福なのではないだろうか。

救いとは、誰かに物語を書き直してもらうことではない。

自分の手で、その先を書けるようになることなのかもしれない。

あなたが、生きてきたことを否定しない世界。

永夜世界ノクティラ。

本記事について

本記事は『Re:CREATORS』に登場する人物・世界観・作中で描かれた「創造者と被造物」「物語と現実」「役割と自由意志」などのモチーフを題材として、Lewd Beast Tribe/永夜世界ノクティラの文化・倫理・思想を考察する非公式の比較研究・思考実験です。

本記事で記述している「ノクティラであればどうなるか」という内容は、すべてLewd Beast Tribe側から行った独自の仮定であり、『Re:CREATORS』の公式設定・続編・公式解釈を示すものではありません。

『Re:CREATORS』および同作に登場するキャラクター・設定等の権利は、それぞれの原作者・出版社・制作会社その他の権利者に帰属します。

Lewd Beast Tribeおよび本サイトは、『Re:CREATORS』ならびに各権利者とは関係ありません。