LEWD BEAST TRIBE

SERIAL RECORD

ザエルアポロ・グランツ《狂気》から《探究》へ

『BLEACH』ザエルアポロ・グランツ

《狂気》から《探究》へ

――もし、彼が永夜世界ノクティラの思想と出会ったなら

はじめに

知りたい。

もっと知りたい。

理解したい。

分解したい。

構造を知りたい。

なぜそうなるのかを、

最後まで突き止めたい。

『BLEACH』に登場するザエルアポロ・グランツについて考えるとき、

中心にあるものの一つは、

非常に強烈な

知識への執着

だと思う。

未知がある。

なら、

暴きたい。

分からないものがある。

なら、

理解したい。

そこへ、

対象そのものの意思や感情よりも、

「知ること」が優先される危うさが生まれる。

では、

もしそんな人物が、

永夜世界ノクティラの思想と出会ったらどうなるのだろう。

ここで、

研究をやめさせる必要はない。

知識欲を抑える必要もない。

好奇心を捨てさせる必要もない。

それを奪ったなら、

ザエルアポロという人物のかなり大きな部分を失ってしまう。

むしろ、

もっと研究してもらえばいい。

もっと考えてもらえばいい。

世界を観察してもらえばいい。

ただ、

一つだけ、

探究の中へ新しい問いを入れる。

「知ることができる」ということと、「知っていい」ということは同じなのか。

今回は、

未知を暴くことに価値を置いていた者が、

未知そのものを愛する探究者へ変わっていく可能性について考える。

1.知識欲そのものは、悪なのか

ザエルアポロについて考えるとき、

まず分けたいことがある。

知りたいと思うこと。

そして、

知るためなら何をしてもいいと思うこと。

これは、

同じではない。

知識欲は、

それ自体が悪いわけではない。

世界を理解したい。

生命を知りたい。

未知を調べたい。

新しい法則を見つけたい。

それらは、

文化や科学を前へ進める力にもなる。

問題になるのは、

知ることそのものが、

他者の意思より上に置かれたときだ。

相手が嫌がっている。

それでも調べる。

秘密にしたい。

それでも暴く。

拒否している。

それでも観察する。

ここで、

探究は侵害へ変わる。

ノクティラでザエルアポロが学ぶのは、

知識欲を捨てることではない。

知りたいという自分の心と、知られたくないという他者の心を同時に扱うこと

なのだと思う。

2.ノクティラは、研究対象としてかなり危険なほど面白い

もしザエルアポロがノクティラへ来たなら、

おそらく退屈しない。

むしろ、

かなり早い段階から、

世界そのものへ興味を持つはずだ。

独自の生命。

独自の文化。

想流――ソリウスという循環。

常夜でありながら成立している生態。

異なる地域。

異なる種族。

外界との関係。

そして、

普通の世界なら説明しにくい現象。

調べたいものが、

次から次へと出てくる。

ザエルアポロにとっては、

ほとんど宝の山だ。

ここで重要なのは、

ノクティラが彼の知識欲を

「危険だから抑える」

のではなく、

安全な形で満たせる環境を用意できる

ということだと思う。

3.研究していいものは、いくらでもある

世界には、

他者の秘密へ踏み込まなくても、

調べられるものが山ほどある。

自然現象。

地質。

建築。

生態。

歴史。

言語。

文化。

食。

環境。

ソリウスの挙動。

異なる地域同士の差。

社会構造。

技術。

ザエルアポロほどの知識欲があるなら、

人生一つでは足りないほどの研究対象があるだろう。

すると、

少しずつ分かってくる。

研究対象が無限にあるのなら、誰かの心を無理にこじ開けなくてもいい。

これは、

非常に大きい。

4.「分からない」が残ることへの苛立ち

しかし、

ザエルアポロにとって、

本当に難しいのはここからだと思う。

分からない。

調べても分からない。

資料がない。

観測できない。

本人が話したくない。

その状態を、

受け入れられるか。

彼のような人物にとって、

「不明」は、

かなり強い刺激になるはずだ。

だから、

調べる。

さらに調べる。

もっと深く行く。

普通なら、

そこで終わらない。

だが、

ノクティラでは、

ある時初めて、

「分からないまま残しておく」

という選択肢が現れる。

5.北方の異常に気づく

元資料では、

ノクティラへ長く滞在したザエルアポロなら、

北方の未開拓領域について、

単なる未調査地域とは違う異常性へ気づくのではないかと考えられていた。

調査が進んでいない。

地図がない。

情報がない。

普通なら、

それだけだ。

だが、

彼ほど観察力と知識欲があれば、

「何かがおかしい」

と感じる。

未発見なのではない。

未調査なのでもない。

そもそも、

まだ世界として確定していないような空白

が存在している。

もしそこまで到達したなら、

研究者として興奮しないはずがない。

6.世界そのものが「完成品ではない」という発見

この発見は、

ザエルアポロにとって非常に大きい。

普通、

研究者は、

すでに存在している世界を調べる。

法則は、

発見されていないだけで、

すでにある。

現象は、

理解されていないだけで、

存在している。

ところが、

ノクティラには、

それとは違う可能性がある。

まだ、

そこに答えそのものがない。

なら、

世界は

「解明される完成品」

ではなく、

今も生まれ続けているもの

なのかもしれない。

これは、

ザエルアポロの探究心を、

さらに巨大なものへする。

7.「すべてを知れば終わる」という問題

知識を求め続ける者には、

一つの矛盾がある。

すべてを知りたい。

でも、

本当にすべてを知ってしまったら、

そこで探究は終わる。

未知がなくなる。

調べるものがなくなる。

発見もなくなる。

つまり、

探究者にとって、

未知は敵であると同時に、

探究を続けさせてくれる存在

でもある。

ここで、

ザエルアポロの価値観は、

少し変わり始めるかもしれない。

未知は、

消すためだけにあるのではない。

未知があるから、

研究できる。

8.「知らない」という幸福

これは、

ザエルアポロにとって、

かなり皮肉で面白い発見になる。

分からないことがある。

以前なら、

不快だった。

だが、

その分からなさが、

明日の研究を作っている。

今日、

答えが出なかった。

なら、

明日また考えられる。

新しい仮説を立てられる。

別の方法を試せる。

つまり、

未知が残っていることは、

敗北ではない。

明日も探究できるという保証

でもある。

9.ましろという「理解しきれない存在」

そして、

元資料でザエルアポロの思考実験を進めたとき、

重要な存在として出てきたのが、

ましろだった。

ノクティラの内部に存在しながら、

単なる住民とは違う。

世界の構造そのものと、

どこか異なる関わり方をしている。

ザエルアポロなら、

観察する。

情報を集める。

矛盾を拾う。

仮説を立てる。

そして、

長い時間をかければ、

ましろが単なる「特異な存在」以上の何かであることへ、

近づいてしまう可能性がある。

世界の外側と接続しているのではないか。

そんな場所まで、

彼なら辿り着いてしまうかもしれない。

10.知ってしまったら、どうするか

ここが、

今回のザエルアポロについて、

最も重要なところだと思う。

知った。

大きな秘密へ到達した。

なら、

どうする。

発表する。

共有する。

さらに検証する。

証拠を集める。

本人へ問い詰める。

それが、

以前のザエルアポロなら自然な行動かもしれない。

しかし、

ノクティラで長く暮らした彼なら、

そこで止まる可能性がある。

なぜなら、

その情報は、

単なる研究対象ではないからだ。

一人の存在の秘密でもある。

11.最初は、「合理的だから黙る」でもいい

人の心を尊重することが、

最初から感情として理解できる必要はない。

ザエルアポロなら、

まず理屈で考えると思う。

秘密を公開した場合の影響。

本人への負担。

世界への影響。

研究上の危険性。

情報の信頼度。

他者が利用する可能性。

その結果、

「公表しないほうが合理的だ」

という結論へ行く。

最初は、

それでいい。

ノクティラは、

最初から美しい心を要求する世界ではない。

理屈から始まってもいい。

12.理屈で理解したものが、心へ落ちていく

しかし、

長く暮らす。

食事をする。

話す。

一緒に時間を過ごす。

その存在が、

「研究対象」ではなく、

一人の知人になる。

さらに時間が経てば、

大切な者になることもある。

すると、

同じ判断でも、

理由が変わる。

秘密を守る。

以前は、

合理的だから。

危険だから。

情報価値を独占したいから。

でも、

ある時、

自分で気づく。

違う。

自分は、この人が嫌がることをしたくない。

13.「自分の心が、そうしたい」

元資料で、

ザエルアポロについて最も大切だったのが、

ここだった。

合理的だから尊重するのではない。

ルールだから守るのでもない。

研究倫理だからでもない。

「自分の心が、ましろの心を大切にしたいと思うから黙っている。」

この段階へ行く。

これは、

ザエルアポロにとってかなり大きな変化になる。

感情を、

研究対象として外から分析するだけではなく、

自分自身の判断基準として扱う

ようになるからだ。

14.「心」を研究する者から、「自分にも心がある」と知る者へ

ザエルアポロなら、

心そのものも、

研究対象として考えるかもしれない。

なぜ人は怒る。

なぜ悲しむ。

なぜ秘密を持つ。

なぜ信頼する。

なぜ誰かを大切にする。

分析することはできる。

理屈も組み立てられる。

でも、

そこからさらに一歩進む。

自分も、

同じものを持っている。

誰かを傷つけたくない。

誰かの秘密を守りたい。

誰かが喜べば、

自分も少し嬉しい。

それは、

観測データではない。

自分自身の心の動きだ。

15.研究者であることと、愛情は矛盾しない

ここで、

ザエルアポロが優しい人物へ変わる必要はない。

冷静でもいい。

理屈っぽくてもいい。

分析好きでもいい。

皮肉も言う。

研究へ没頭する。

好奇心も強い。

それでも、

誰かを大切にすることはできる。

知性と愛情は、

対立しない。

むしろ、

知性が高いからこそ、

自分の感情を細かく理解できる。

そして、

理解したうえで、

選べる。

私は、これを知りたい。

でも、

私は、この人も大切にしたい。

両方、

本当でいい。

16.知りたいのに、聞かない

これは、

ザエルアポロにとって、

非常に高度な選択になる。

聞けば、

答えてくれるかもしれない。

調べれば、

分かるかもしれない。

でも、

聞かない。

調べない。

なぜなら、

相手が話したくなるまで待ちたいから。

ここで重要なのは、

好奇心が消えたわけではないということだ。

むしろ、

知りたい。

ものすごく知りたい。

それでも、

知りたいまま待てる。

これは、

好奇心を抑圧することとは違う。

他者を大切にするという、

新しい価値が加わった結果だ。

17.秘密を持つ権利も、研究対象になる

さらにザエルアポロらしく考えるなら、

ここで終わらないと思う。

「なぜ人は秘密を必要とするのか。」

という、

新しい研究へ進むかもしれない。

秘密とは何か。

知られないことが、

なぜ安心になるのか。

どこまで共有すれば、

関係が成立するのか。

なぜ、

すべてを知っていることより、

「知らなくても信頼できること」に価値が生まれるのか。

つまり、

秘密を暴かないことが、

研究の放棄にならない。

秘密を持つという現象そのものが、新しい探究対象になる。

これは、

とてもザエルアポロらしい幸福だと思う。

18.「未知を尊重する」という新しい研究姿勢

研究者にとって、

未知は、

解決すべき問題になりやすい。

しかし、

ノクティラで長く生きたザエルアポロなら、

別の姿勢も持てる。

今は、

分からない。

それでいい。

本人が、

話したくない。

なら、

そこまで。

世界が、

まだ形になっていない。

なら、

生まれるまで待つ。

無理に答えを作らない。

無理に暴かない。

未知が未知のまま存在する権利を認める。

それは、

探究を諦めることではない。

探究そのものを、

より広く捉えることだ。

19.「観察しない」という観察

ザエルアポロなら、

そのうち面白い境地へ行くかもしれない。

何でも観察する。

何でも記録する。

それが研究だと思っていた。

でも、

ある対象について、

あえて観察しない。

あえて記録しない。

それでも、

その判断自体には意味がある。

なぜ自分は、

ここで止まったのか。

何を大切にしたのか。

自分は、

どんな感情を持ったのか。

すると、

今度は、

自分自身が研究対象になる。

これは、

かなり面白い。

20.世界を「解体するもの」から「愛するもの」へ

知識を得るために、

対象を解体する。

内部を見る。

構造を知る。

それは、

一つの研究方法だ。

しかし、

世界を愛する方法は、

それだけではない。

遠くから見る。

変化を待つ。

そのまま残す。

触らない。

記録しない。

そして、

ただ存在していることを、

面白いと思う。

この段階へ行けば、

ザエルアポロの探究は、

かなり違うものになる。

世界を知り尽くすための研究から、世界と付き合い続けるための研究へ。

21.「分からない」があるから、また明日がある

もし世界のすべてが、

今日分かってしまったなら。

明日、

何を調べるのだろう。

でも、

分からないことが残っている。

新しい現象が起きる。

世界が変わる。

誰かが新しいことを考える。

まだ見たことのない場所がある。

なら、

明日も研究できる。

ここで、

未知は、

欠損ではなくなる。

未来そのものになる。

ザエルアポロのような人物にとって、

これは非常に大きな幸福ではないかと思う。

22.狂気を消さなくていい

今回のテーマは、

《狂気》から《探究》へ。

しかし、

これは、

ザエルアポロの狂気を完全に消すという意味ではない。

研究へ没頭する。

周囲が呆れるほど考える。

一つの疑問を、

何日も追い続ける。

食事を忘れる。

寝ることさえ後回しにする。

そういう部分は、

残るかもしれない。

ある意味、

少し狂っているくらいでいい。

違うのは、

その狂気が、他者を壊す方向へ向かわなくなること。

研究そのものへ、

世界そのものへ、

未知そのものへ向かう。

23.他者を「資料」にしない

ノクティラで生きるうち、

ザエルアポロが最終的に理解することの一つは、

これだと思う。

人は、

情報の集合ではない。

分析結果でもない。

研究対象でもない。

一人の存在だ。

もちろん、

観察して理解できる部分もある。

でも、

すべてを理解しなくても、

関係は作れる。

相手について、

知らないことがある。

それでも、

友人になれる。

秘密を知らない。

それでも、

信頼できる。

理解は、愛情の前提条件ではない。

24.「理解できないもの」を大切にする

これは、

ザエルアポロにとって、

かなり最終地点に近いと思う。

分からない。

でも、

大切。

その二つが、

同時に存在する。

以前なら、

理解するまで調べたかもしれない。

でも、

今は違う。

理解できない部分まで含めて、

その人だと考えられる。

これは、

科学を捨てたということではない。

むしろ、

世界には、自分がまだ理解していない価値がある

と認められるようになったということだ。

研究者として、

かなり大きな進歩でもある。

25.《狂気》から《世界を愛する探究心》へ

元資料で整理したザエルアポロの幸福の方向は、

**《狂気/知識への執着》

《世界を愛する探究心》**

だった。

知識欲は、

残る。

研究も、

続ける。

未知も、

追いかける。

でも、

すべてを暴く必要はなくなる。

知りたい。

でも、

待てる。

理解したい。

でも、

拒否されたら止まれる。

秘密がある。

でも、

それを秘密のまま守れる。

なぜなら、

世界を知ることと同じくらい、

世界に存在する者たちを大切にしたいと思えるようになったから。

おわりに

すべてを知らなくても、世界は面白い

ザエルアポロ・グランツを幸福にするために、

研究をやめさせる必要はない。

知識欲を抑える必要もない。

理屈っぽさを捨てる必要もない。

もっと調べればいい。

もっと考えればいい。

もっと世界へ驚けばいい。

ただ、

その探究の中へ、

新しい問いを加える。

知ることができる。

でも、

知るべきなのか。

知りたい。

でも、

相手は知られたいのか。

その問いを持てるようになったとき、

研究は侵略ではなくなる。

そして、

さらにその先。

ルールだからではない。

合理的だからでもない。

研究倫理だからでもない。

自分の心が、その人の心を大切にしたいと思っている。

だから、

黙る。

だから、

待つ。

だから、

知らないままでも隣にいる。

知識欲を失ったわけではない。

むしろ、

世界は以前よりずっと面白くなった。

なぜなら、

答えがないものもある。

まだ生まれていないものもある。

秘密のままでいいものもある。

理解しきれない誰かもいる。

そして、

それらすべてが、

明日の探究を残してくれる。

《狂気》から《探究》へ。

未知を暴くことだけではなく、未知を愛することもできる。

それが、

永夜世界ノクティラから考えた、

ザエルアポロ・グランツの

一つの幸福の形である。

あなたが、生きてきたことを否定しない世界。

永夜世界ノクティラ。

本記事について

本記事は『BLEACH』に登場するザエルアポロ・グランツの人物像・価値観・作中で描かれたモチーフを題材として、Lewd Beast Tribe/永夜世界ノクティラの文化・倫理・思想を考察する非公式の比較研究・思考実験です。

本記事で記述している「ノクティラであればどうなるか」という内容は、すべてLewd Beast Tribe側から行った独自の仮定であり、『BLEACH』の公式設定・続編・公式解釈を示すものではありません。

『BLEACH』および同作に登場するキャラクター・設定等の権利は、それぞれの原作者・出版社・制作会社その他の権利者に帰属します。

Lewd Beast Tribeおよび本サイトは、『BLEACH』ならびに各権利者とは関係ありません。